封印

彼女は、差しかけ小屋やテントにところ狭しと横たわる肉体を想像してみた。男女の区別もなく、ダンボールの切れ端や、どこからか引っ張り込んだ使い古して染みだらけのマットレスの上で、湿った衣服にくるまって眠っている人々の姿を、彼女は思い描いてみた。

 

袋に包み込み、紐で縛って隅っこにまとめられた半端な持ち物のすべて。雑多なものが一つに偽装されてはいるが、あらゆるものが別なもののなかに入りこみ、際限なくものを織り込んでいく生存のシステムのようなもの。彼女は、夢見る人々のうわごとや呟き声を耳に、東から西へと公園を通り抜けた。

夜が明けると彼女は、金に換えられる瓶や缶を漁り始めた。ごみ箱や歩道の縁に転がっているものから、レストラン街の裏通りに山と出されたごみ袋の中に見つかるものまで、手当たり次第に集めだした。瓶や紙マッチや反り返った靴など、暗闇のなかに閉じ込められていそうな、使用可能な文化的堆積物は何であれすべて収集の対象だった。そうした代物を彼女は公園に持って行き、差しかけ小屋の入口に置いておくか、誰もいそうもないときは、なかに差し入れておいた。臭気が漂う裏通りに足を運んでは、ごみ袋の口をほどき、中身を空けてビニール袋をくすねた。彼女にしてみれば、こうしたことは、マリオットホテルのロビーでアメリカナデシコを売ることと大差なかった。彼女はごみ入れの缶や解体場のダンプスターを隈なく探索し、石膏ボードや釘やベニヤ板の破片まで持ち出した。だが、換金できる瓶と缶を拾い集めることこそ、彼女が自分に課した主たる任務だった。

ある男などは、不具になった腕を見せつけて小銭を要求した。彼女は、壊れた傘や、洗えばまだ食べられる傷んだ果物を見つけてきた。そうした果物を洗って、彼女は公園へ持っていった。ありとあらゆるものを公園へ持ちこみ、小屋のなかに置いていった。人々が公園のベンチを壁や傾いだ屋根に仕立て上げ、にわかごしらえの家を造っていくのを彼女は目にした。誰かが公園の管理ビルの壁に向かってげーげー吐いていたが、カーキ色の制服を着た公園の管理事務所の男が一瞥もせずにそばを通り過ぎていくのが見えた。ご多分に漏れずここにも萎黄病の葉っぱが壁を伝って垂れ下がっていた。彼女は、野外ステージの人々が、背を屈め喘ぎながら寝床からはい出してきては、青いテント村の頭上高く広がる煌めく夜空を放心したように見上げているのを眺めた。

救世主に封印を施されし者のみぞ生き残る。

 

『マオⅡ』

彼女はふらふらとさまよい、きりきり舞っていた。

ビルが失踪した今、カレンの生活は中心を失った。彼女はふらふらとさまよい、きりきり舞っていた。彼女がいなくなって、スコットはおよそ名状しがたい寂しさに襲われた。彼に残されたのは、彼女の肉体の記憶だけだった。いつまでも歳を感じさせないあの体の線と、リズミカルな腰の動き。次に迫りくることをほとんど恐れるかのように、虚ろな眼差しで身を弓なりにして捩じる彼女。だが、いよいよクライマックスとなると、雑音がどっと押し寄せ、彼の頭のなかでもはやその姿はマッチの光くらいに消え入るのだった。半ば彼女を憎みつつも、スコットは無性に彼女を取り戻したかった。彼女は、ある意味で愛の対象であり、いつもながら驚きの対象だった。夢のなかで妹のように思いながら、ふと目覚めるとベッドをともにしているような女。それでいて、こちらに何の気恥ずかしさも矛盾も感じさせない存在。床がきしる音が聞こえるたびに、彼女は武装した誰かに踏みこまれたような気がして、いつも言いようのない警戒心を抱いた。彼女はスコットによく言ったものだった。こっちの考えてることがばれちゃったら、私なんか誰からも相手にされないわ。そんな彼女に彼は言ってやった。どっちみち、僕たちは誰からも相手にされないのが落ちさ。これまでもそうだったじゃないか。考えていることが災いして、何かと敬遠されるんだ。まあ、こっちからそういうふうに仕向けたことも事実だけれどねと。リストの項目を実行に移していく心地よさ。古びた黒いタイプライターのキーは、長い間不安な指先でいじくり回され、汚れが染み着いていた。彼は湿した雑巾で一つずつキーを磨いていった。こうしたちょっとした使命を果たすことで彼は至福感に浸り、そうし続けることに誇りを感じた。

そびえ立つオフィスに立てこもるエヴァーソンからは、なしのつぶてだった。川で泳いでみせる毛。前の晩スコットは、テレビであるフィルムを見た。旅行者が中国の田舎で撮影したものだったが、そこには奇妙な光景が映っていた。それは中国のキリスト教のあるカルト集団が川のそばで営んでいる礼拝式を撮ったものだった。ちょうど集団で昇天の儀式が執り行われているさなかと見え、若い男女が腕を高く振り挙げ、川のなかへ歩んでいった。よろめき、渦に飲まれ、多くの信者は下流に流されていた。フィルムは、意識が混濁したように揺れ、異様と思えるほど主観的で、いかにも素人が無造作に撮ったようなぞんざいなところがあった。だがそれにしては、スローモーションやストップアクションが駆使され、川面に浮かぶ顔を撮った画面の輪が小さくなってフェイドアウトしては、また最初に戻ったりするのだった。人々はおおむね白い装束に身を包んで、二人ないし三人ずつ川のなかへ進んでいき、顔が見えなくなっても腕がまだ宙をもがいていた。われらがカレンにとっては、これはまさしく掘り出し物の映像だった。だが、それを見ようにもカレンはここにはいなかった。ふらふらとさまよい、きりきりと舞うカレン。スコットは壁に張りめぐらされた図表を眺めた。彼は、読書からの手紙を地域ごとに仕分けすることもできたし、その気になれば作品ごとに仕分けすることもできた。むろん、二つの作品のいずれにも言及している手紙もあれば、どちらにも言及していない手紙も山ほどあった。哲学的な内容やら、作家志望といった話やら、真剣な手紙もあればつまらない手紙もあった。ビルは自分の写真から姿をくらまそうとしていた。勝手に自分を病気に仕立て上げ、薬でコントロールしようとしたときと同じように、彼はこの忌々しい企てを自ら仕組んだのだ。

 

『マオⅡ』

シュミレートされた死

チャールズ・エヴァーソンは電話をかけ返してこなかった。それは彼がビルの居所を知っているからではなかった。かりに知っていたとしても、スコットに教えるような男ではなかった。誰にも彼の行方はわからなかった。スコットの理解するところでは、こうした状況こそビルの失踪の本質だった。スコットは、それを一種のシュミレートされた死だと受け止めていた。

もう一度彼は机に向かって腰かけると、タイプライターのキーに顔を埋めるようにしてふっと強く息を吹きかけた。

ビルが自分の写真を撮らせたのは、彼が隠遁生活に別れを告げたかったからではなく、もっと深く身を隠したかったからだ。彼は自分が世間から引きこもる条件を見直したかったのだ。自分の隠遁をさらに堅固なものにするもっともな口実を得るために、彼は身を晒すという危機を必要としていたのだ。もう死亡したとか、マニトバにいるとか、別人に成りすまして生きているとか、筆を折ったというように、何年か前にもさまざまな憶測が乱れ飛んだことがあった。こうした噂が囁かれるのは何も今に始まったことではなかった。それ自体、ビルについての現象というよりもむしろ、人間というものが、いかにベールに包まれたものや伝説を必要とするかを物語っていた。今やビルは、自らの手で、死と再生のサイクルを演出しているのだ。そう思うとスコットは、偉大な指導者たちのことを思い起こさずにはいられなかった。彼らは、姿が見えなくなったかと思うと、救世主のごとく蘇ることによって自らの権力を刷新するのだ。むろん毛沢東も例外ではなかった。死亡したとか、耄碌したとか、革命を遂行できぬくらい病魔に冒されているというように、何度も毛の死亡説が報じられたものだった。スコットは、長い間の消息不明となっていた毛が、七十二歳のとき九マイル泳いでみせたときに撮らせた写真を、最近、偶然にも目にする機会があった。年輪が刻まれた毛の顔が、揚子江からちょこんと突き出ているさまは、神々しくも滑稽だった。

 

彼はキーに顔を埋めるようにして、ふっと息を吹きかけた。

タイプライターの前の端を持ち上げると、彼はパッドを湿した雑巾で拭い、埃と髪の毛を取り除いた。

毛は、自分の復帰を宣言し、自分の活力を誇示し、革命に一度息吹を吹き込むために写真を利用したのだ。ビルの写真は、いわば彼の死亡告知だった。肖像写真はまだ公になっていなかったが、すでに彼は姿を隠していた。これは、彼が、このところずっと愛し続け信頼してきた者たちからさえも完全に身を隠すために、どうしても取らざるを得なかった行為なのだ。あれこれ身をやつし、どこかもっと人里離れたところに隠遁し、やがて彼なりの方法で戻ってくるつもりなのだろう。ひょっとしたら写真のせいで彼は老けて見えるかもしれないと、スコットは思った。写真に写った彼が老けて見えるというのではなく、写真を撮らせたという事実のせいでビル自身が老けたように見えるかもしれないのだ。あの写真は、彼が変容を遂げる手段となることだろう。それは、世間の目に彼がどのように映るかを示すとともに、そこから彼が旅立つ基点を与えることになるだろう。似姿が宿る写真は、こちらに選択を迫るものなのだ。そちらへ旅立つのか、それともそこから旅立つのか。

 

『マオⅡ』

対象を溶解し

彼女が、自分を魅了してやまぬその絵の前にたどり着くには、少々時間がかかった。カンバスに描かれたシルクスクリーンは、およそ縦五フィート、横六フィートだった。「ゴルビー一世」という題が付けられ、ソ連の大統領の頭部と四角い肩が、ビザンティン風の金色を背景に、表情豊かに古めかしく斑のタッチで描かれていた。肌はテレビのメイクアップを塗ったみたいに鮮やかな血色で、ブロンドの鬘か何かを被り、赤い口紅と青緑のアイシャドーが塗られていた。スーツとネクタイは深みを帯びた黒だった。思われている以上に、この作品はウォーホール的じゃないかしらとブリタは思った。パロディーだとか、オマージュだとか、コメントだとか、盗用だとかいったものを越える何かがそこにあった。画廊の周り数マイル四方にはウォーホールの専門家が六千と住んでいて、ありとあらゆることが話題にされ、ありとあらゆる議論が交わされてきたにせよ、彼女には、おそらくこの一枚の絵の中にこのうえないメッセージが読み取れるように思えた。それは、芸術家というものがいかに対象を溶解し、有名人というものが称揚されるかを物語っていた。おそらく他の六つのことに加えて、それは、いかにしてミハイル・ゴルバチョフのイメージと、マリリン・モンローのイメージを融合し、マリリンのブロンドのアウラと、死を思わせるアンディーの白いアウラを盗むことが可能であるかということを物語っていた。いずれにしても、その絵は滑稽ではなかった。やっとのことで彼女は部屋を横切って、写真に幾重にも彩色を施したこの奇抜な肖像をまじまじと眺めた。だが、そこにいささかの滑稽さもなかった。多分にそれは、ゴルビーが身を包んでいる葬儀屋みたいなスーツのせいだった。おしろいを塗りこめ、レモン・イエローに髪の毛をたらし、いかにも死を演出しているような化粧のせいでもあった。またそれは、まさしくマリリンの残滓のせいでもあり、アンディーの作品に脈々と流れるあらゆる死の魅惑のせいでもあった。ブリタは何年も前に彼の写真を撮ったことがあった。現に彼女が撮った写真の一枚は、マディソン街を数ブロック下がったところで開かれているある展覧会の壁を飾っていた。カンバスや、メゾナイトや、ビロードや、紙アセテートに描かれたアンディーの肖像。メタリック・ペイントで、シルク・スクリーン・インクで、鉛筆で、ポリマーで、金箔で描かれたアンディー。木版に、金属版に、ビニール版に、綿とポリエステルの混紡繊維に、彩色を施したブロンズに転写されたアンディー。モザイク写真や、連続写真や、染め絵や、ポラロイド印刷となって葉書や紙袋に刷りこまれたアンディー。狙撃されたアンディーの傷跡と、アンディーの工房。北京の天安門広場の巨大な毛の肖像の前で、ポーズを取る観光客のアンディー。「自分っていう人間の秘密は、ここに自分が半分しかいないことさ」と、彼はブリタに語ったことがあった。今や彼は、ここにそのすべてを曝していた。絵画という存在の鎖をを通して彼は再処理され、光沢を帯びたロシア人のまなこを通して人の群れを見据えていた。

 

『マオⅡ』

どこの国のものともつかぬ雑多な食べ物を吐いていた

何かに取り憑かれた目をしてるぞ、お前は。

だが、マインド・コントロールを解かれるということが、家へ戻って静かな部屋とベッドと規則正しい食事にありつくことを意味するのであれば、差し当たって彼女は、少し我を曲げてやつらの言いなりになってやらないこともなかった。両親も愛してくれていることだし、自分としても、もう一冬ワゴン車で過ごすのはご免だった。

やつらはジャネットを招き入れた。元教会員の彼女は、親に奪回されてマインド・コントロールを解かれ、今度は教会批判の先兵として脱会者の心を和らげるのに利用されていた。彼女は自らの経験という大いなる汚れを身にまとっていた。カレンは、彼女が部屋に駆けこんでくるのをじっと見つめた。カレンに深く同情しているみたいに見せかけていたが、それは言葉ばかりで、実のところ彼女は優越感に浸っていて、彼女のことなど歯牙にもかけていなかった。だが彼らは、涙の抱擁を三度まで繰り返し、自分たちに割り当てられた姉妹のように親密な役柄を曲がりなりにも演じ続けた。男たちは外に控えていて、彼らの影は締め切ったカーテンと区別がつかなくなっていた。ジャネットは、師の教えを説いた書物を引き裂き、脱会した元信者からの手紙を死者みたいなもったいぶった声で読んで聞かせた。彼女の歯は、治療を要するようにカレンには思えた。歯と歯の間には黄味がかった食べ滓が溜まり、御多分にもれず歯石ができていた。歯石と歯垢。カレンは、バターのように口滑らかなジャネットの方を見据え、騙されないわと心の中で自分に言い聞かせた。

あなたならわかってくれると思うけど、そこにいたいような、そこから逃げ出したいようなひどく矛盾したあんな気分のとき、やつらときたら、ギザギザした凶器か何かで首筋を刺してやりたくなる人間を呼び入れたのよ。

彼らはオハイオ中部のとあるモーテルに立ち寄った。だが、二人の雰囲気はぎこちなくなっていた。疲労のあまり、二人は言葉を交わすことも少なかった。スコットには、彼女の気持ちが察せられた。そもそも自分がどうしてここにいるのだろう。うさん臭いほど親身になってくれる見知らぬ男と旅連れになった自分。それにしてもこの男は一体何者なのだ。やつらがパーティーの景品みたいに私の心をひっくり返そうとした、茶色がかった箱みたいなあの部屋と寸分も違わぬ部屋にまた座っている自分。アメリカ中どこへ行こうが張り巡らされているモーテルのチェーン店の同じような部屋。この男ったらその一軒一軒に私を立ち寄らせるつもりなんだわ。

そういう雰囲気を察して、スコットは、ビルのことを知っている限り彼女に話して聞かせた。彼がどういう人間であり、どんな仕事をしていて、どんなに陰鬱なときがあり、いかに深く自分が彼に傾倒しているかという話をしてやった。彼女は押し黙ったまま耳を傾け、言葉と孤独とスゲが生い茂る湿地のごとき別世界を思い描こうとしているように見えた。

二人はレストランへ出かけ、豪勢な夕食を取った。メニューには房飾りが付いていて、晩餐室へは歩廊までしつらえてあった。そこで初めて彼女は、彼の方をまじまじと見た。いわば彼女は、ここ一日半の間に偶然起こった驚くべき出来事が彼の顔に記録されているみたいに、過去に遡ってそれらを彼から吸収しようとしていた。二人は部屋に戻った。同情心から彼女を救うために体を求めるにしても、自分を消し去って体を求めるにしても、機はまだ熟していなかった。彼女は話し込んでは眠り、やがてまた彼を起こして話を続けた。

やつらは彼女に言い聞かせた。カルト脱会後の問題は、お前が人間全体との絆を失ってしまうことだ。

やつらは言った。お前がいい子だってことはおれたちだってわかってるさ。外界に適応しようと辛い段階を通り抜けているんだから。その間、ご両親もじっと祈るように待ちわびて、お前の気持ちが楽になるようせっせと小切手を切っておられるのだ。

やつらは、教会のせいで自分はろくでなしになったのだと彼女に不承不承、認めさせた。彼女は唱えた。ジブンハ、ロクデナシニサレタノダ。ジブンハ、ロクデナシニサレタノダ。その夜、ちくちくするような光に照らし出されたベッドから身を起こすと、彼女は、ヘッドフォンを付けたあの女に何か言おうとしたが、言葉にならなかった。ふと気がつくと彼女は、四つんばいになってトイレの床にどこの国のものともつかぬ雑多な食べ物を吐いていた。

やつらは彼女に告げた。いいか、お前はマインド・コントロール除去センターに行くんだ。いろんなセクトや運動に加わって自分を見失い、身も心も傷ついた連中が集まられ、人間らしい慰めを受けるところだ。

 

『マオⅡ』