そいつは糞だ

「どうしてこういうことするのか聞かせてもらえますか」

「これは現在制作中の作品よ、忘れないでね、一日ごとに、一分ごとに変化していくの。でも、答えてみるわ。答えのまわりをぐるぐるめぐって、答えまでたどり着けるかもしれないし、ダメかもしれないけど」

彼女は右手を顔のあたりに掲げた。タバコは目の高さぐらいでつんと上を向いている。

「昔よくメイン州の海岸に行ったの。ヨット乗りと結婚してて、これは二番目の夫のことなんだけど、結構危なっかしい証券を扱うディーラーで、いつ破産してもおかしくなかったわ。その時には気づいていなかったんだけどね。で、その彼がステキなケッチを持ってて、メインの方まで行っては海岸線沿いにクルーズしたの。夜はデッキに座って、空がきれいに晴れ渡っていると、光の輪が星空のあちこちを横切ったりすることもあった。それで、これ何かしらって二人して想像を膨らましたりしたの。北大西洋航路を行く旅客機とか、ほらUFOとか、その当時から結構話題になってたから。光り輝く円盤が空を横切るのよ。ぼんやりしていてとても高いところを行くの。旅客機にしては高すぎるって思ったわ。同時に、戦略爆撃機が五万五千フィートくらいの高度で飛ぶってことも知っていた。それで私、これは何かずっと上空の物体が放つ光が反射したもので、それが円い形になったのに違いないって結論を下したの。私たちが見てるのはそれだ、B-52だって信じたかったから。戦争のことを考えるとそりゃ身の毛がよだったわ。けどあの光はね、わかってもらえるかしら、あの光は複雑なものを感じさせた。警戒中のあの飛行機が常に何機も飛んでいる、いつでもソ連国境を掠めるように飛んでいるんだって。それで、人里離れた入り江に錨を降ろしてデッキに腰かけ、波に揺られていたとき、畏れのようなものを感じたの。子供がベッドの中でぼんやりと神秘や脅威や美の感覚を覚えるみたいに。あれこそが権力だと思うわ。あなたが権力を持っているとして、その権力が人々の眠りにまで入り込んで来るとしたら、それはとても意味のある力を揮っているんじゃないかしら。私は力に対して敬意を払っているから。今では権力が粉々でぼろぼろになってしまったから、ソ連の国境線さえ昔と同じ形では存在しないから、だからこそ理解できるんじゃないかしら。振り返ってみて私たち自身と、そして彼らを以前よりはっきり見つめられるんじゃないかしら。三十年、四十年前だったら権力にも意味があったわ。権力は安定していたし、集中していたし、肌で感じることも出来た。それは偉大さであったし、脅威であったし、恐怖であったし、それらすべてでもあった。そのおかげで私たちは団結できた、ソ連も我々も。たぶんそのおかげで世界全体が団結できた。物事を測る正確な物差しがあったのよ。希望に物差しを当てることもできたし、破壊に物差しを当てることもできた。なにも昔に戻りたいって言ってるんじゃないのよ。すべてもう昔のこと、それでせいせいしてるわ。でも実際には」

と、ここで彼女は議論の道筋を失ったかに見えた。彼女は一息つき、煙草がとっくに燃え尽きていることに気づいた。聞き手の女が手を伸ばし、クララは吸い殻を吸い口の方を向けて丁寧に差し出した。

「勢力の均衡、恐怖の均衡のおかげで繋ぎ留められていた多くのものがほどけ、バラバラになってしまった。いまや物事に限界なんてない。お金に限界はない。私にはもはやお金がわからない。お金は解き放たれた。暴力も解き放たれた、いまや暴力はずっと容易で、一か所に根づくことなく、制御不可能で、物差しを当てようがなく、価値の体系も備えてもいない」

ここで一息おき、考える。「なにも世界を武装解除したいっていうわけじゃないの」と彼女は言った。「ていうか、実際にはそうしたいんだけど、やるからには油断なく、現実的にやらなくちゃいけない。自分たちが何を手放そうとしているのか、ちゃんと把握した上でね。私たちはヨットを手放した。それが最初に手放したもの。それで今度、私は大空からこの飛行機を頂戴して、操縦席から尾翼の機銃装置まで歩いたり屈んだり這い回ったりしてみた。そしてあらゆる光の当たり具合のもとでそれを眺めて、そこに搭載されていた兵器とかその兵器に付き添っていた兵士たちのことに思いを凝らしてみたの。考えてみるだけでも恐ろしいんだけどね。でも、爆弾は投下されなかったわ。ミサイルは発射されないまま翼下部の砲架に残った。兵士たちは帰還し、ターゲットは破壊されなかった。そうでしょ。私たちはみんな戦争について考えようとしたけど、どうやって考えればいいのかわかっていなかったと思うの。詩人たちが汚い言葉を使って長い詩を書いたけれど、かろうじて突っ込んだ思考って呼べるのはそれくらい。なぜこんなことになるかっていうと、あの人たちが世界に持ち込んだものが人間の想像力を越えていたからなの。爆弾を作った人々でさえ、最初の頃はそれを何て呼んでいいのかわからなかったのよ。ソレとかアレとか言って。で、オッペンハイマーが言ったの、そいつは糞(メルド)だって。フランス語を使うわけね。J・ロバート・オッペンハイマー。そいつは糞だ。彼が言っているのは、命名行為をすり抜けてしまうものは自動的に糞の同族に分類されてしまうってこと。名づけることが出来ないのよ。あまりに大きくて、邪悪で、こちらの経験に収まりきらないから。あと、それが糞だっていうのはゴミ、使用済みのものだってことでもあるの。でも、長々と話しすぎたわね。私が本当に捉えたいのは普通のものごと、そのものの背後にある普通の生活なの。それこそが私たちがここで行っていることの真髄なんですから」

彼女の声の振動。音が彼女の口の端からカーブを描いてやってくる様子。怖いもの見たさをくすぐるようで、聞いている者は彼女が危なっかしい迷路へと足を踏み入れるのではないかと思ってしまう。そしてあの小休止。彼女が間を置くたびに俺たちはじっと待ち、煙草に火をつけるマッチ棒が震えるのを見つめる。

彼女は言った。「いい、私たちは色を塗っているの、場合によっては手で刷毛を握ってね。私たちの貧弱な手の痕を巨大な複合兵器システムに残しているわけ。まったく同じような工場や組み立て工場で生産され、何百万という部品が次から次へと打ち出され、果てしなく繰り返されてきたもの。それを私たちは逆回しにして、肌で感じる声明の断片を見い出そうとしている。たぶんここにある種の生存本能みたいなもの、落書き本能みたいなものがあるの―境界を侵犯し、名乗りを上げ、自らを知らしめようとする本能があるのよ。機首絵師(ノーズアーティスト)たちがしたみたいにね。機体にピンナップガールとかの絵を描いた連中のことだけど」

彼女は続けた。「飛行機の中には機首(ノーズ)に印の描いてあるものがあるの。紋章とか部隊の記章とかで、なかには絵が描いてあるものもある。たとえば動物のマスコットが唸り声をあげて、口や顎からよだれを垂らしている絵とかね。ほんと、すばらしく漫画チックな絵なのよ。機首画(ノーズアート)、こう呼ばれているの。女が描かれているものもあるわ。だって、これはすべて幸運を願っての絵でしょう?機首に描かれたセクシーな女なんて、死に対するお守りになるわけよ。こういったものすべてを郷愁の底に沈めておいてもいいんだけど、実際にこのB-52を飛ばしていた兵士たち―もちろんここでは厳戒態勢とか遠距離早期警報レーダー網とか、つまり、危機的状況全般について話しているのだけど―まあ、その兵士たちっていうのは独自の予兆やら迷信やらをもつ閉ざされた世界に住んでいて、しかもみんな若くて性欲が強くて悶々としていたんじゃないかって思うの。それである日、空軍の中でも一番古い部類に入る飛行機に出くわしたの。雨風にやられて、かなり色褪せて剝げかかっているんだけど、素敵な機首画が描かれていた。ふわっとしたスカートに細身のホルターを着た女の絵。とても背が高くて、髪はブロンドそのもの。脚は驚くくらいきれいで、両手を尻に当て、セクシーなピンナップガールにもう一息って感じでね―まだ男をイカせるテクは持っていそうもないタイプよ―で、彼女の名前が絵の下に綴られていて、それが“のっぽのサリー”だったの。それで思ったの、アマゾネスのようでもなく、天使のようでもなく、極端に理想化されているわけでもないところが気に入ったわって。それでこの子についてもう少し考えてみて、こう思った。たとえこの子が塗りつぶされてしまうことになったとしても、そうなるのかそうならないかわからないけど、彼女の名前だけは絶対に救わなきゃいけないって。私たちの作品にはこの娘に因んだ題名をつけよう、彼女のイメージを期待に刻み込んだ男たちに倣って命名しよう、彼らにそんな気を起こさせたあの曲に倣って命名しよう。ぼんやりとしか覚えていないんだけど、曲に関しては。でも曲自体は存在したわけだし、そのレコーディングテープのどこかにはたぶん実在のサリーが存在しているんじゃないかと思ったわけ。彼女を見て、作曲家なり機首絵師なり飛行機を飛ばした乗員たちは何かピンときたんじゃないかしら。もしかしたら空軍兵士行きつけのバーのウェイトレスだったのかもしれない。あるいは誰かの幼なじみだったのかもしれないし、初恋の人だったのかもしれない。これは一個人の人生の話なんだけど、この人生が我々のプロジェクトの一部になってくれればと私は思っているの。この幸運の女神、死を遠ざける徴がね。彼女が誰にせよ、あるいは誰であったにせよ―もしかしたら、部屋の向こうからケチャップのビンをつっけんどんに寄こす薄汚いウェイトレスかもしれない―それでもね、核兵器のことなんてどうでもいい、私たちは自分たちの目的を出来るだけ小さく、人間味あるものに留めておきたいのよ、今まで制作してきた作品の巨大さとか、目前に控えている途方もない作業にもかかわらずね。しかも私は片足を支えにのせて座りながら、いつまでも自分の作品について喋り続けているわけ。あのマティスが言っていた言葉―画家はまず自分の舌をちょんぎることから始めなくてはならない―は充分承知しているんですけどね」

彼はフランスのテレビ画面上に移る彼女を思い浮かべる。電波が再変換され、小さな光点の集合と化した彼女。抑揚のない吹き替えの背後から彼女の声がかすかに聞こえてくる。国中どこでも、人々が暗闇のなかで頭を寄せ合いながら見ている。画面上の平坦な顔は縁の方がぶれており、両目は下弦の月のようで、五十万ものクララが夜を浮遊する。

彼女は言った。「最近、古い写真を見たの、六〇年代半ばに撮られた写真で、その端っこに女が映っているわけ。人々でごった返していて、みんなどこかの玄関口、大舞踏場への入口みたいなところにいるんだけど、男も女も正装して仮面を着けているの。そしてこの写真を見て、これはあの有名なパーティ、当時話題のイベントだってことに気づいたの。トルーマン・カポーティがあの暗澹としたヴェトナム戦争の時代にニューヨークのプラザホテルで開催した黒と白の舞踏会よ。それでこの写真の私は、まさに体外離脱って感じなの。なぜかというと、そのフレームの端に映っている女は私だったんだけど、それに気づくまでにたぶん三十秒くらいかかったんだから。本当よ。それで私はトルーマン・カポーティだかJ・エドガー・フーヴァーだかどちらかの隣に立ってるんだけど、二人とも頭の形が似てるし、マスクやらアングルやら影のせいでどっちがどっちだかわかりづらいの。それで私は全身をぴったりくるむような黒いドレスを着ていて、こんなものを着たことがあるなんて信じられないような代物なんだけど、でもそれは間違いなく私で、猫のような小さな仮面を着けているの。こんなに自分自身の姿を思い出すのが難しいなんて、いったいこの写真のどこがおかしいのかしらって考えたわ。この人物が誰なのか、なぜ彼女がそこにいるのか、彼女が一体なにを考えているのか、あの間抜けなドレスの下にどんな下着を着けていたのか、とにかく誓ってもいいけど皆目見当がつかないのよ。自分が有名人、お偉方、戦争の舵取りをしている役人たちに囲まれているなんて。それを見たら塗りつぶしたくなったわ、その写真をオレンジとか青とかワインレッドに塗って、タキシードとかロングドレスを塗りつぶして、プラザホテルの大舞踏場を塗りつぶしたくなった。で、たぶんいま私がやっているのはそういうことなのかもしれない。なんていうか、この作品は永遠に未完成なの。もちろん、そこにある悦びは忘れないでね。感覚に快楽に体液。成層圏の青さ。黄色や緑やゼラニウムの赤。冷たく湿った大気を糧に生長するメイン州のゼラニウム。紫紅色。オレンジや淡い群青色や薄黄緑色」

そのとき人だかりの中から誰かが大声を上げる、「共産主義者(アカ)になるぐらいだったら死んだ方がましだ」

俺たちはみな笑った。この発言は反響し、俺たちの声に乗って運ばれて、みなで共有する空間の壁に乱反射するように思われた。俺たちはじっと自分たちの笑い声に耳を澄ました。そうしてみな互いに今晩はこれでお開きだと認め合った。

 

『アンダーワールド 上 のっぽのサリー』

入れ替えられた棚

スーパーマーケットの棚が入れ替えられた。ある日何の知らせもなく。通路では人心が動揺しパニックにおちいり、年老いた買い物客たちの顔には狼狽が宿っている。彼らは寸断された恍惚状態のまま歩き、止まっては進み、きれいな身なりの一団は、通路で釘づけになり、どういうふうに入れ替えたのか、その考えのもととなるのは何かを知ろうとし、クリーム・オブ・ウィートはどこにあったのかを思い出そうとしている。彼らは入れ替える理由がわからず、そんなことをするのはばかげていると思っている。洗い流し用パッドは今では手洗い石鹸と一緒に置いてあり、調味料は分散されている。男も女も年がいっている人ほど、ますます良い身なりをし、身じまいをきれいにしている。男たちはサンサベルトのスラックスに派手な色のニットのシャツ。女たちはおしろいを塗り、凝った身なりで、自分を意識したようすで、どこか何かのために用意している。彼らは間違った通路に入っていき、棚にそってのぞき、時々突然立ち止まり、ほかのカートにぶつかっている。一般的な食料品だけがもとの場所にあり、白いパッケージに簡単なラベルが張ってある。男たちは買い物リストを調べ、女たちは調べない。今やみんながうろつきまわっているという感じで、目的もなく何かにとりつかれたようで、気のいい人たちは隅の方へ追いやられている。彼らはパッケージの上の小さな印刷まで調べ、ほかにもごまかしがないか心配している。男たちはスタンプの日付をさっと流し見て、女たちは原料を見ている。多くの人がその文字を読みとれずに苦労している。不鮮明な印刷、消えかけた図柄。どよめきがとりまく、入れ替えられた棚のあいだを、年をとったという明確で冷酷な事実をあらわにして、彼らは混乱のままに進んでいった。しかし最後に彼らが見るものや、あるいは見ていると思っているものが何だったのかは問題ではない。レジ台にはレーザー光線のスキャナーが備え付けられ、すべての品目の二進法の秘密のバーコードを、少しも誤りなく読みとる。これは波動と放射の言語、もしくは死者がいかに生者に話すかだ。そしてここはわたしたちが年齢に関係なく、カートを色鮮やかな商品でいっぱいにして、一緒に待っているところだ。ゆっくりと動いていく列。満足だ、ラックのタブロイド新聞を眺める時間がある。食べ物と愛情以外のわたしたちが必要とするものすべてが、ラックのタブロイド新聞のなかにある。超自然と地球外の物語。奇跡のビタミン、癌の治療法、肥満対策。有名人と死者のカルト。

 

『ホワイト・ノイズ 三章 ダイラーの宇宙』

死の勝利

ボックス席では、J・エドガー・フーヴァーが肩の上に落ちてきた雑誌のページを掴み取る。最初、彼は自分の体がこんなものと接触したことに当惑する。しかし、彼の眼はそのページに釘づけになる。それは中世の絵画のカラー写真、死者や死にゆく人々で満ち溢れた、荒廃と破滅の黙示録的景観。こんな絵を見るのは初めてだった。この絵はページ全面を覆い尽くし、ほとんど、雑誌そのもののトーンを支配している。赤茶けた大地を、骸骨の軍隊が行進していく。槍の先に突き刺さった人々、絞首刑台からぶら下がった人々、裸の木のてっぺんに据えられた車輪に磔になる人々、鴉についばまれる屍体。棺桶の蓋を盾にして死者の軍隊が整列する。死神自身もあばら骨が剝き出しになった老馬にまたがり、血を求めて大鎌を振りかざす。そして苦痛に喘ぐ人間の群れを、地獄の顎門に見えるところ―地下鉄のトンネルか役所の通廊と見紛うような、奇妙なまでに今風の建造物―めがけて追いつめていく。背景には灰色の空と焼け落ちる船。このページが『ライフ』からのものであることは明らかだったから、彼は怒りを呼び覚まそうとする。『ライフ』という名前の雑誌が、なぜこんなどぎつく忌まわしい絵画を掲載したりするのか。彼は自問を繰り返しつつも、ページから目を離すことができない。

 

エドガーは解説文が載っているページを読む。フランドルの画家ピーテル・ブリューゲルによる十六世紀の作品で、『死の勝利』と呼ばれている。

ムカつくタイトルをつけたもんだ。しかし彼は興味をそそられる、それは自分でも否定しようがない―左のページはことによると右のページよりもよくできている。

彼は骸骨が積み上げられている二輪の荷車をじっくり眺める。通路に立ちつくしたまま、その絵を隅々まで吟味する。裸の男が犬の群れに追われている。死んだ女が抱く赤子を瘦せこけた犬が齧っている。飢えて痩せこけたひょろ長い猟犬、軍犬の群れ、地獄の番犬、墓場をうろつく猟犬、どれもみなダニにまみれ、腫瘍と癌細胞によって体中が蝕まれている。

病原菌とは無縁の我らがエドガー、ほんのわずかな埃をも抹殺するために自宅に空気清浄設備を備えている男。彼が腫瘍、外傷、ただれていく肉などに魅せられるのも、あくまで絵の世界での出来事だからだ。

彼は別の死んだ女が骸骨に馬乗りにされているのを画面中央のあたりに見つける。体位が性的なものであることは疑いようがない。だが、馬乗りされているのは本当に女なのだろうか、それともひょっとして男じゃないのか?彼は通路に立ちすくんでいる。周囲では群衆が歓声を上げているが、彼は目の前にそのページを掲げている。この絵には何か鬼気迫るものがあって、それが彼の注意を惹く。そうだ、死者が生者の世界に襲いかかってきたのだ。しかしそこに描かれた生者たちはみな罪人であることが徐々に分かってくる。トランプ賭博に興じる者たち、いちゃつく恋人たち、財宝を隠し込んだ大樽近くにはアーミンの毛皮をまとった君主がいる。死者たちは葡萄酒の入った瓢箪を空にし、食卓につく貴族たちに大皿に載った髑髏を供そうとしている。彼はそこに飽食、肉欲、強欲を見て取る。

エドガーはこの絵が気に入る。エドガー、ジェドガー、認めろよ、好きなんだろ。この絵を見ると体中が総毛立つ。か細い一物を持った骸骨たち。ティンパニを打ち鳴らす死者たち。喪服をまとった骸骨が巡礼者の喉を搔き切っている。血肉の色に似たさまざまな色彩と黒山なす死体、むごたらしい死に様の集大成だ。左のページを見ると、画面のずっと奥、岬の遥か彼方で空が赤黒く燃え上がっている。死はほかの場所にも姿を現し、煉獄の炎は至る所で燃え上がり、恐怖が大地を支配している。幾羽もの鴉が宙を静かに滑っている。大鴉が一羽、白い老いぼれ馬の臀部にとまっている―その鮮やかな白と黒。そして彼はカザフの核実験場にぽつんと佇んでいる観測塔、あの核爆弾の設置された塔のことを考える。中央アジアのステップ地帯を吹く風の音が今にも聞こえてきそうだ。敵は長い外套に毛皮の帽子という出で立ちで生活し、あの由緒ある重苦しい言語、厳粛でしかつめらしい響きを持った言葉を話している。彼らはいったいどんな秘密の歴史を書いているのだろう?まず爆弾そのものの歴史があり、次に爆弾が喚起する秘密がある。それがどんな秘密なのかは長官にも見当がつかない―西側世界の腐敗した秘密すべてを自身の胸の最奥に秘めているこの長官にさえ―なぜならこうした陰謀はいま生成し始めたばかりだからだ。長官にわかっているのは次のことだけ。すなわち、素粒子や放射線の示す物理的特性ばかりが爆弾の真髄ではない。新しい秘密を生み出す契機という点にもその真髄はある。大気中で各爆弾が爆発するたびに、あの剝き出しになった奇妙な眼球が砂漠上空で爆発するたびに―何百もの陰謀が地下に潜行し、増殖し、もつれ合うのだ。

「彼ら」と「我ら」を繋ぐものは何なのか?この神経回路のような迷宮の中にどれだけの絆を見つけることができるのか?敵を憎むだけでは充分ではない。こちらと敵とがいかにして互いを完成へと高め合うのか、それを理解しなくてはならない。

老いぼれた死者たちが新しい死者たちを犯している。棺桶を地面から引き上げている死者たち、丘の中腹では、死者が古ぼけたでこぼこの鐘を鳴らしている。全世界の罪業に対する鐘の音。

彼はしばし目線を上げる。顔からページを下す―やっとの思いで―そしてグラウンドにいる人々を眺める。幸福でぼうっとなった人々。スコアを叫びながらベースからベースへ走り回る人々。興奮のあまり今夜は眠れそうもない人々。自分の応援するチームが負けた人々。負けた側をおちょくる人々。これから家路に急ぎ、息子たちに今日見たことを語り聞かせる父親たち。チェリー入りのチョコレートと花束をみやげに持ち帰って妻たちをびっくりさせる夫たち。クラブハウス前の階段に集結して選手たちの名前を大合唱するファンたち。帰宅途中の地下鉄車内で殴り合いの喧嘩を演じることになる人々。叫びまわる人々に暴れまわる人々。二塁近くでばったり再会した旧友たち。至福の喜びで今宵街中に灯をともす人々。

 

立ち去りがたい様子の観客たちが数千人、客席に居残っており、グラウンドに出ている人々―あてもなく流れ渦巻く人々、群れから単独で飛び出す人々―をじっと眺めている。エドガーは右中間のフェンスにぶら下がっている者がいるのに気づく。こういう高いフェンスからグラウンドへ飛び降りる男たちは、必ずしばらくぶら下がってから手を離す。彼らは地面に着地し、ぐしゃっとつぶれ、ゆっくり立ち上がる。しかしエドガーの心を惹きつけるのは、男たちがぶら下がったまま静止しているときのドラマ、その時の心の迷いから来る恐怖である。

 

一団は出口の方へ進み、エドガーがしんがりを務める。ふとグラウンドを振り向くと、また外野のフェンスから飛び降りようとしている男が目に入る。長さの不均一な四肢と髪の毛とはためく袖。この一瞬の光景にはなにか亡霊を思わせるものがあり、見る者の背筋をゾッとさせ、頭をカッとさせる。エドガーの片手は釣られるようにポケットに滑り込み、そこに隠された荒涼たる絵画に触れる。

 

『アンダーワールド 上 死の勝利』

わたしたちはあなた方の狂人なんです

シスター・ヘルマン・マリーは弾丸の傷に最後の手当てをした。わたしの坐っていた椅子から天国のケネディと法王の絵がはっきりと見えた。わたしはその絵を心の中で賞賛した。見ると気持ちよく、感傷的で新鮮な気持ちになった。死んだあとでもさらに活気に満ちた大統領。光り輝く家庭的な感じの法王。なぜこれがほんとうであってはいけないのだろうか?なぜ彼らがどこかで会い、時がたち、ふわふわの積雲を背景に、手をしっかり握りあってはいけないのだろうか?なぜわたしたちみんなが、全能の神と普通の人々の叙事詩として、崇高で、形よく、光り輝いて、会っていてはいけないのだろうか?

わたしは尼僧に聞いた、「最近教会では天国のことをどう言っているんですか?まだ昔の天国のままですか、あれみたいに、空にあるというような?」

彼女は絵に目をやった。

「わたしたちを愚かだと思っているんですか?」と彼女は言った。

わたしは彼女の答えの強さに驚いた。

「それでは天国とは、教会の解釈によれば何なんですか、もしそれが神と天使や、救済された人々の魂の居場所でないのなら?」

「救済されるですって?救済されるって何でしょうか?ここに天使のお話をしにいらっしゃるなんて、ばかですよ。天使を見せてほしいわ。お願い、見たいわ」

「しかしあなたは尼僧でしょう。尼僧ってのはこんなことを信じるものでしょう。わたしたちは尼僧を見ると、元気づけられるんです、かわいくて楽しいもの、まだ天使や聖者や伝統的なことのすべてを信じている人がいるのを、思い出させてくれるから」

「そんなことを信じているなんて、あなたってほんとうにばかなんじゃないですか?」

「わたしが信じているかどうかじゃないんだ。あなたが信じているかどうかなんです」

「それはそうね」と彼女は言った。「不信信者は信者を必要とします。彼らは誰かが信じることを切望するのね。でもわたしに聖者に会わせて下さい。わたしに聖者の身体の髪一本でも見せて」

彼女は黒いベールに縁どられたこわばった顔を近づけ、わたしの方へもたれかかった。わたしは不安になってきた。

「わたしたちはここで病気や怪我人のお世話をするためにいるんです。それだけ。天国についてお話したいのなら、ほかのところを探すことです」

「ほかのところの尼僧たちは洋服を着ている」とわたしは道理に従って説明した「ここではあなた方はまだ黒い制服を着ているでしょう。尼僧衣、ベール、にぶい音を立てる靴。あなた方が伝統を信じているからに違いないでしょう。昔の天国と地獄、ラテン語のミサ。法王は不可謬で、髪はこの世を六日間でお創りになった。偉大なる昔の信仰。地獄は燃える池であり、翼のはえた悪魔がいる」

「あなたは通りを血を流しながらやってきて、わたしに宇宙を創るのに六日間かかったということを、お話しになるつもりなんですか?」

「天国で神は休息された」

「あなたは天使のお話をなさりたいのですか?ここで?」

「もちろんここでです。ほかにどこで?」

わたしはいらいらし、訳がわからなくなって、叫び声を上げそうだった。

「なぜ世界の果ての空で戦う軍隊のお話をしないんですか?」

「どうしていけないんです?なぜかあなたは、ともかくも尼僧をしているんでしょう?なぜあの絵を壁にかけているんですか?」

彼女は目にあふれるような軽蔑的な喜びをたたえて、後ろにさがった。

「ほかの人のためですよ。わたしたちのためではありません」

「しかしそれはばかげているでしょう。ほかの人たちって誰なんです?」

「ほかの人たちみんなです。わたしたちがまだ信じているということを、一生信じている人たちみんなです。誰も真剣に考えないことを信じることが、この世でのわたしたちの仕事なんです。そのような信心を完全に捨てるために、人類は死んでいくのです。これがわたしたちがここにいる理由なんです。ちっぽけな少数派。古いこと、古い信心を具現化するために。悪魔や、天使や、天国や地獄をね。もしわたしたちがこれらのことを信じるふりをしなければ、この世は崩壊しますよ」

「ふりをする?」

「もちろんふりです。わたしたちがばかだとでも思ってるんですか?ここから出ておゆきなさい」

「天国を信じていないんですか?尼僧が?」

「あなたが信じていないのに、どうしてわたしが信じなくちゃいけないんですか?」

「あなたが信じるのなら、わたしは信じたい」

「わたしが信じているのなら、あなたは信じなくていいんです」

「みな古いたわごとや警句だ」とわたしは言った。「信仰、宗教、永遠の生命。偉大なる古き人間のだまされやすさ。あなたはこういったことを真剣に取らないと言っているんですね?あなたの奉仕は見せかけだと?」

「わたしたちの見せかけが奉仕なんです。誰かが信じているふりをしなければなりません。わたしたちの人生はわたしたちがほんとうの信仰、信心を告白したところで、真剣でなくなるわけではありません。この世から信心が縮小していくにつれて、人々はかつて誰かが信じていたことをさらに必要だと感じるものなんです。洞窟のなかの野生の目をした男たち。黒衣の尼僧たち。沈黙している僧たち。わたしたちは信じるようにさせられているんです。愚か者と子供たち。信仰を捨てた人たちは、それでもなお、わたしたちを信じなければならないんです。彼らは信じないのが正解だとわかっているけれども、完全に信心が途絶えるべきでないということを確信しているんです。地獄というのは誰にも信心が亡くなった状態を言うのです。愚か者、まぬけ、声を聞く人たち、舌でしゃべる人たち。わたしたちはあなた方の狂人なんです。わたしたちはあなた方の不信心を可能にするために、命を投げ出す。あなた方は自分たちが正しいと確信しているけれど、すべての人が自分たちと同じように考えてほしくはないんです。わたしたちはあなた方の愚か者で、あなた方の気の狂った女たちで、夜明けとともに祈り、ろうそくをともし、像に向かって健康と、長命を祈るんです」

「あなたたちは長生きしていますね。多分その説は正しいでしょう」

彼女は年とってほとんど透明になった歯を見せて、さわがしく笑った。

「もうすぐ誰もいなくなります。あなた方は信心者たちを失うでしょう」

「あなたたちはこれまでずっと無に祈っていたんですか?」

「この世のために、ばかな頭のために」

「それで何も生き残らないんですか?死で終わりですか?」

「わたしが何を信じているか、または何を信じているふりをしているかをお知りになりたいですか?」

「それは聞きたくないですね。それはぞっとする話だ」

「でも真実ですよ」

「あなたは尼僧なんですよ。尼僧らしくふるまって下さい」

「わたしたちは誓いをします。貧困、貞節、従順。まじめな誓いです。まじめな人生。あなた方はわたしたちがいなければ生き残れないんです」

「あなたたちのなかにはふりをしていない、本当に信じている人たちがいるでしょう。そういう人たちがいることを知っていますよ。何世紀にもわたる信仰は、数年でつきてしまうものではないでしょう。こういう課題に貢献する様々な分野の研究がありましたね。天使学。神学の分野で天使だけの研究。天使の化学。偉大な知性の持ち主がこれらのことを議論してきたのです。今日でも偉大な知性の持ち主はいます。彼らはまだ議論し、まだ信じています」

「通りから歩いて人間を引きずって入ってきたうえに、空に住む天使の話をするとは。ここから出ていって下さい」

彼女はドイツ語で何か言った。わたしは理解できなかった。彼女はもう一度、少し長く、顔をわたしの方へ押しつけながら話した。言葉はしだいに激しく、湿り気をおび、喉の奥の方から出てきた。目はわたしが理解できないことをひどく喜んでいた。ドイツ語のスプレーをかけているようだった。言葉の嵐。話が続いていくにつれ、彼女はさらに生き生きとしてきた。陽気な熱情が彼女の声に加わった。彼女はより早く、より表情豊かにしゃべった。血管が目と顔のなかであかあかと輝いた。わたしは抑揚と、計算された調子を観察しはじめた。彼女は何かを暗唱しているのだ、とわたしは思った。連禱、賛美歌、教義問答。ロザリオの神秘かもしれない。叱るような祈りで、わたしを嘲笑している。

奇妙なことにわたしはそれを美しいと思った。

 

『ホワイト・ノイズ 三章 ダイラーの宇宙』