学問も記憶もない

名前は何と付ける?

人形(パプーシャ)

それは良い名前じゃない

パプーシャがいい

ウルマを呼んで枷を外してもらおう

羽根のように軽く大地を歩けるように 軽やかに大地を踏めるよう この子が羽根のように軽々と大地を歩けるよう

良くない事が待ち受けてる

それで?

悪い名だと言ったろ この子は歩けないだろうよ 恥さらしな人間になるかもしれない

 

よく探しな この中に何かあるよ ガラクタだ

これは? 何かあるよ

何だろう? 字が読めるんだろ 何て書いてある?

“イェジ”

他には?

“文芸協会” 身分証よ

警察だね すぐにイヌだとわかったよ

他には無い?

どっちみち私たちを売る気だ 正体は分かってる 子供と馬に魔法をかけて全部盗み取るんだ

あのよそ者(ガジョ)は悪党ね

やめなよ ガジョが気づく 戻しな

字が読めるからって何さ 偉そうに

 

あの男を追い返して

ここに置いておく 俺はディオニズィ・ヴァイス 森の主だ

空に光る雌鶏とヒナの星座 また1つ消えた 戦争が始まる前と同じ 悪い事が起きそう 追い返して 凶兆よ

 

捨てな そんな物ガジョの呪文だよ

呪文って?

悪魔の力さ 捨てな 奴らは呪文を唱えてお前を豚や犬に変えてしまうんだよ 地に生えるものと神が造ったものは取っていい わき水を飲むのは水を盗むことかい? 違うだろ 鶏も同じことだ

悪魔は目が見えない

悪魔には何だって見えるさ

 

1個いくら?

2グロシュ

これヘンだよ

どういう意味だね?

ほら見て

卵の中に悪魔がいる? お前で3人目だ 悪魔祓い料をせしめる気だろ 卵のカネを払いな 汚いジプシーが

何か盗むつもり?

買わないなら行って アメ3個で1グロシュ

字を教えて

ジプシーがそんなことを?

読み書きを覚えたい

何のために?

どうしても

勉強はお金がかかるのよ 払えるの?

て… ぶ… く…

読むのよ 頭で考えないで “てぶくろ” 手袋 今度は文章全体を呼んで

“伯爵夫人” “伯爵夫人は手袋を落とした” 伯爵夫人って?

手袋をした異教徒の貴婦人

異教徒って?

あなたのことよ

あたし? あたしは伯爵夫人?

 

待て どこに行く どこに行くんだ 来い それは何だ

ユダヤ女に魔法をかけられた

仲間を売る気か!

やめて 殴らないで その子を離して

貴婦人になるつもりか ほら立て

悪気はないんだから

ガジョにジプシーの悪口を教えるのか? 来い そんな落書きは焼き捨ててやる

 

さあ 賭けろ どうした 腰抜け

昨日大負けしたガジョだぜ

奴らを叩き出せ 悪臭がする 薄汚いブタども 失せやがれ 覚えてやがれ この借りは返すからな

あたしのせいだ…

 

緑の草は風にそよぎ樫の若木は老木にお辞儀する 木の葉はささやく 放浪の人が逝ったとカラスが悼んで鳴く 黒い大地は悲しみに震え大いなる森は静かに歌う 死よ 幼子に近寄るな 黒い瞳を閉じる時に

もう1回

誰の詩?

詩じゃない 母さんが作った

木の葉や鳥という言葉は真実を伝えているの? 神様がそう思わせるのね

パプーシャ 君は詩人だ

詩人って?

歌を作る人

歌を作るのは人魚よ

 

“世界は私の表象である”

ショーペンハウアー ドイツの哲学者 “賢人”だよ

世界は現実? それとも私達の頭の中にあるの?

もし世界が現実でなければそれらは何でも…

“人は”

人は何でもできるはずだ 望むことのすべてを

世界が現実でなければ苦しみもないと?

そうだ

死も?

そうなる

私はそう思わない 私の瞳は黒 あんたは緑 色が違っても世界を見てる 世界があるから でも生きる世界はまったく別 あんた達は強く私達は弱い 学問も記憶もないから その方がいい ジプシーに記憶があれば辛くて死んでしまう

 

詩の稿料だよ 詩の代金だ

詩はひとりでに生まれて消える 詩人と呼ばないで 死にたくなる

ジプシーについての僕の本が出版される

どんな話?

起源はどこか インドだ ナチからどう逃れたか

ほかには?

バカがジプシーを怖がる

僕を? オレを? あたしを?

皆のことを

その本は私の心を傷つけない?

どうしてそう思う?

私たちの秘密を暴かない?

ジプシーには記憶がないと言ったのは君だ 僕の本は君たちの記憶なんだよ

そうね いつか大学でジプシーの秘密を教えるのかも 私のお守りは幸運を呼んだ? 身につけてる?

娘が生まれた

早く言えばいいのに 父親になったのね

結婚したんだ

じゃ幸運を呼んだね

 

現れたか お前たちはいったい何をしでかした ポーランド中がジプシーの話をしてる お前らのあのガジョがジプシーの本まで出しおって

お前のお喋りのおかげで俺たちは破滅だ!

やめて!

 

連絡をくれれば会いに行ったのに どうした 何があったんだ? タジャンは元気?

燃やして

燃やすって何を燃やせと言うんだ? 何を燃やすんだ?

ジプシーの本

僕の本を? それは出来ない パプーシャ 見ろ これを これはほんの一部だ 半分にもならない 1週間後には本屋に並ぶ

燃やして

これを燃やすのか? 5千冊の本を 5千冊を燃やすのか 僕にこれを燃やせだと? 悪いがこれは僕の作品だ 何年もかかった 訂正の必要があればいくらだって応じる 何てことだ

 

パプーシャ 開けろ ドアを開けろ 何をしてる 頭がイカれたか!

来ないで 呪いだ! 報いを受けた 悪魔に取りつかれた!

 

女は仲間の秘密を暴いた これは俺たちの言葉とポーランド語で書かれてる 警察に秘密がバレる おしまいだ

俺たちを売ったんだ

ジプシーの言葉を売り渡した

皆どう思う? 女は俺たちに恥をかかせた 長老に顔向けできない

もう仲間ではない ジプシーの名誉を傷つけ裏切ったんだ 許すわけにはいかない

静かに 静かに 女が間違っていないと思う者の意見を聞こう もう一度言う 女を責める必要はないと思う者は発言を

ジプシーの兄弟たちよ

兄弟と呼ぶな! お前の女が仲間を売った もう兄弟じゃない

秘密は守り続けねばならない それが掟だ だがガジョと話したのはあいつだけか? 話してない者がいるのか? お前たちも話しただろ どうだ レツァ?

あの女の舌を切り落としてやりな ガジョの何もかも売ったんだ 裏切り者!

ガジョを引き入れたのは俺だ テントも食料も与えた 俺を追放しろ 責めは俺が負う 女房はもう罰せられた 神が正気を奪った

待てよ 女はお咎めなしで元どおり一緒に暮らすのか? 長老 何とかしてくれ それは無いだろ これじゃ掟はどうなる?

よく聞け わしを差し置いて喋るな 事を決めるのはわしだ まず女をここに連れてきて皆の前に立たせる

申し訳ない 俺は本当のことが知りたい

女に語らせろ 分かったな

 

俺は墓石は要らん 重くて鬱陶しい 花を植えろ 俺に会いに来なくても花に水をやりに来る

読み書きさえ覚えなけりゃ幸せだった

詩は医者に禁じられた 帰れ 近づくな お前は疫病神だ

 

奥さん占いはいかが?

お嬢さんはどう?

近づくんじゃないよ 恥を知らないのかい 失せな 縄張りを荒らすんじゃない!

一日中どこに行ってた どこに行ってた

起きないで 興奮すると毒よ すぐにイモを揚げるから

また稼ぎは無しか もうずっとイモだけ

時代が悪いの 誰も皆苦労してる

花なんぞ食えん 奴らバカにしおって 花が何の役に立つ 大臣の賞状でお前の頭に開いた穴をふさぐか 隙間風をふさぐか ケツを拭くか 表彰されちまって… お前は占いもできない 盗みもできない 何でクソッたれな詩など書いた なぜあの男に送った? お前がバカをしなければ真っ当に暮らせた 今じゃ誰も訪ねて来ない ジプシーは俺たちを最低の畜生扱いする

 

パプーシャ

誰だい ご近所さんかい? ワルシャワに?

世話をしてもらえる 自分の部屋も持てる

無理ね ワルシャワには誰も知った人がいない

何度も手紙を送った まだ詩は生まれてる?

詩を書いたことはない ただの一度も

 

『パプーシャの黒い瞳』

人食い

数年前北海に浮かぶ小島から画家ユーハン・ボルイが突然姿を消した 彼の日記帳を保管する妻アルマが当時の事情について語ってくれた この映画は彼女の話と日記にもとづいている

 

いいえ 話すことはない 日記は渡したわ なぜ島に残るのかって? ここに来て7年になる 毎年冬は本土に移って私が勤めに出た 生活費のためよ 来月赤ん坊が生まれる 最後に診察を受けたのは5月だった 金曜だったわ もう夜の10時だったけど外は明るかった 8月まで島にいる予定だった 2人きりの生活よ 夫は人づき合いが嫌いだった 話し相手は私だけ 愛してくれてた ここに着いたのは午前3時 小屋に手押し車があった リンゴの木がかわいい花をつけてた でも台所の外の花壇になぜか人の足跡が 少し気になったけどじきに忘れたわ 幸せだった 故郷に戻った気がした でも彼は違った 絵のほうが不調でイライラしていたわ 夜も眠れず闇を恐れているようだった 最近は特にひどかった

 

見てくれ 島の人たちをスケッチしてきた こいつは一番よく会う男だ ゲイだな この老婦人は“帽子を取るわよ”が口癖 取ったあとは? 顔がはがれるんだ 見ろ こいつは最悪だ “鳥男”と呼んでる くちばしは作り物かな すばしこい男だ 「魔笛」のパパゲーニだよ ほかの連中はどう猛な獣や昆虫 クモ男もいる 校長はズボンに指示棒を差してる ペチャクチャおしゃべりする中年女たち まだ眠るな もうすぐ夜明けだ 明ければ眠れる 1分が永遠に思える 計るぞ 10秒 のろ過ぎる たった1分だぞ まだ過ぎない 過ぎた 長かった アルマ どうした 何か言ってくれ

ずっと前から気になってたことがある 聞いてる? 一緒に暮らしてもう7年… その話じゃない 思い出した 長年一緒に暮らした2人は相手に似てくると言うわ そっくりになるのよ 考えることだけじゃなく顔つきまでも なぜかしら? そんなふうになるまで連れ添いたい 同じことを考えしなびたシワだらけの顔がそっくりになるまで あなたは? 寝たの? ユーハン 立って ベッドで眠りましょう

 

怖がらないで 何もしないわ 手を出して 私の手に触ってみて 冷え切っているのが分かるはずよ この年になるとしかたないわ 216歳なんですもの いやだ 間違えたわ 本当は76歳よ 失礼するわ も行かなくては 何か言い忘れた ああ 思い出した ベッドの下に黒いカバンがある 彼が見せたスケッチが入ってるわ 彼は破ろうとしてる 破ってはいけないと言いなさい それと日記帳も入っているから読みなさい ひどい風!

 

7月22日水曜 体調が悪い 倒れはしないが不快だ

失礼 声をかける機会をうかがっていました お邪魔してすみません 男爵のメルケンスです この島の所有者で北の城に住んでいます ご夫妻を金曜に食事に招待したい

ご親切に

質素な料理だがワインと魚には自信がある では失礼 私も家内もあなたのファンでね お近づきになりたかった

 

7月27日木曜 暑い1日だった まだ気分が良くない

ほら このアザ あなたがつけたのよ 忘れちゃったの? パーティーへ行くために緑のドレスを着てた 髪が乱れて苦労したのよ 手袋も忘れた 実は話があるの 匿名の手紙が来たわ 昨日届いた 聞いて “君のことをいつも見張ってる 危険が迫っているぞ 悪夢が現実となり終わりが訪れる 泉が枯れて君の太ももを別の液体が伝う 運命だ” 読んで吐き気がしたわ 手が燃えてるみたい 熱があるの? あなたに会うたびに疲れ切ってしまうの そして午後いっぱい夢を見る すべてがむなしく無意味に思える 背中のジッパーを下げてちょうだい

 

風は強いがいい天気だ 画家には理想的な場所ですな 私も長く住んでます 犯人は必ず現場に戻り罪を重ねる お疲れのようですな お互い若くないんだからムチャは禁物ですよ 失礼 心理研究家のヘールブランドです 人の心の奥底をのぞくのが仕事です 芸術家ならよくご存じでしょう でないと肖像画や自画像は描けない ご機嫌斜めのようですな 気に障りましたか?

うるさい 黙れ!

 

ここでお慰みに人形劇を上演いたします 消してくれ 今日の主役だ どうぞ前へ モーツァルトの「魔笛」はまさに傑作だ タミーノが城の外に残され絶望して叫ぶ場面です “永遠に続く夜よ いつになれば明けるのか いつになれば光が差すのか” 病身のモーツァルトの心の叫びです コーラスの声が答える “まもなく明けるか 永遠に明けぬかだ” 天上の調べのごとく美しく心をかき乱す音楽です タミーノは尋ねる “パミーナは無事か?” コーラスが答える “パミーナは生きている” この奇妙でしかし魅惑的な響きをお聞きなさい パミーナ パミーナ… もはや名前ではない 魔法の呪文のような言葉です 金のために書かれた作品だが見事な芸術たりえている 違いますかな?

自分を芸術家だとは思っていません 私が絵を描くのは強迫観念からです 人は音楽家や画家を特別な目で見る 怪物扱いする だが芸術家もしょせん平凡な人間だ 時には誇大妄想に陥って熱くなることもありますが 頭を冷やし芸術の無意味さを再認識するようにしてる 強迫観念と闘いつつね

すばらしいわ

さすがは本職だ

実に勇気がある

芸術家にして哲学者だ 恐れ入った 乾杯しよう

バラを飾ってあげる いやだ 引っかいてしまったわ 血が出てる おふきなさい きれいなハンカチよ 私ったらごめんなさいね

少し外に出て酔いをさましたら? あまり寝てないんです 出ましょう

 

恐ろしい体験をしたよ 道で会った男と世間話をしていたらいきなりほおを殴られたんだ 血の気のない憎しみに満ちた顔 あまりの驚きに取り乱して問いただすこともできなかった いくら考えても理由が分からないんだ あの目は忘れられない

 

あなたの日記を読んで怖くなった ちゃんと聞いてよ 何日も考え続けて分かってきたの 何か恐ろしいことが起こりそうな気がする でも逃げたりしない 絶対あなたから離れない 待ってよ あの人たちは私からあなたを奪おうとしてる ユーハン 何があっても離れないわ ずっと一緒にいる 何とか言ってよ ユーハン!

 

静かだな

ええ とても

夜は眠るものだと思っていた 何の不安もなくぐっすりと眠れたのに… 今は違う アルマ 疲れたか

いえ 大丈夫よ

夜が怖くてたまらない 特にこの時間だ 呼び名がある “狼の時刻”だよ 病人が死に赤ん坊が生まれる時刻だ 悪夢がやってくる 眠れない

怖いから?

そうだ

どうしたの 子供の頃のことを思い出した 悪さをした時罰としてクロゼットに閉じ込められた 中は真っ暗だ 恐怖のあまり扉をたたいて暴れた お化けが住んでると聞いていたからだ “悪い子が来ると足を食いちぎる”と ふいに隅のほうでカサカサと音がした 食われると思った ただ逃げたい一心で棚によじ登ろうとした だが服がまとわり付いて思うように動けず下に落ちた 化け物を追い払おうとこぶしを振り回し泣きわめきながら叫んだ “ごめんなさい” ようやく扉が開けられ出ることができた 父が言った “十分に反省したかね” 私は必死でごめんなさいと言った 父が“ソファに乗れ”と 私は命令に従った 父の部屋のソファにクッションを並べステッキを用意して尻を出しソファに乗った “何回ぶってほしいか”と尋ねられて何回でもいいと答えた そしてぶたれた 痛かったが何とか耐えられた 終わってから母に向き直り許してくれるかと尋ねた 母は泣いて“当たり前でしょ”と 母の手を取り口づけした

 

錠は?

掛けたはずよ

こんな早朝からお邪魔します 今日は天候が荒れるようですな 伝言があります 手短に済ませますよ 城でパーティーを開く予定でしてね ささやかな催しです 城でいがみ合う連中の気晴らしですよ 招待客は僅かだがぜひ来ていただきたい ヴェロニカも来るんですよ いいですね? 決まりだな ところで男爵も私もあなたの身を案じてる 妙な連中がいますから 話はそれだけです ではまたパーティーで

銃なんかしまって

なぜだ 今日の予定は?

ヴェロニカの話をして

ただ5年間続いたというだけさ 人に知られ騒ぎになりもみ消された それだけだ

日記と違う “彼女への愛が私を責めさいなむ 嫉妬に駆られあとをつけてしまう 彼女は私の熱情に引きずられただけだろう 時には理性を失い口論することもあった 彼女の夫を逃れあちこち放浪した 男女は一体であれという聖書の教えを守った だが結局夫に捕まり私は病院へ 離ればなれになった” 言ったわよね “君は一人の人間として独立している 自分の考えを持ってる 君は君 僕は僕 その距離感がいい” 私うれしかったわ 感激した でも違った 分からない あなたという人が分からない 怖いの ここにいたら殺されるかもしれない あなたが女を追うのを見たくもない おびえ続けるのにも疲れたけど… 離れない

立ち上がれ ドアの前へ 出ていけ もう朝だ どこへでも行くがいい

 

まあ うれしいわ 来てくださったのね お盆を運んで下さる? ありがとう 私の食事なの リンドホーシュトの口癖よ “女は年を取ると食い意地が汚くなる” 一緒にいかが?

パーティーは?

ないわよ まだ行ってはだめよ 靴下を脱がせて 触りたくないのね 顔に書いてあるわ でもいいの? ヴェロニカが来てるのよ 居場所は私しか知らない 芸術家さん 足を見て 若々しくてきれいな足でしょ かかとだってスベスベしているわ しっかりした指につるつるのツメ さあ キスしてちょうだい いい子ね ご褒美に彼女の居場所を教えてあげる 西の回廊に行きなさい 5分前はあそこにいたわ

 

すみません

気にするな いつ来てもいいんだよ ヴェロニカに会うために来たんだろう? 君と知り合う前は私の愛人だった女だ 君との情事を詳しく話してくれた もちろん嫉妬したさ 今夜もだ 君らのバッドの脇ですべてを見せてもらう 案内するよ すまん 一人にしてくれ

分かりました 失礼します

 

クライスラーさんよ

彼はハープシコードの名手なの

ヴェロニカがお待ちかねよ あなたのために身支度してる夫はそれを見てのたうち回っていた やいてるのよ アルマも気の毒にね 1発は致命傷だったわよ

すばらしい調べだこと よく聞こえるように帽子を取るわ

糊を使ってるの ひどいニオイでしょう? 本人は違うと言ってるけど

 

恋人に会う前に身だしなみを整えないと 幽霊のように青白い顔だな まるで染めたように唇が紫色だ まず何から始めればいいかな 上唇はくっきりと 下はふっくら豊かに 官能的だ 目が充血してる 冷やしなさい 閉じて まぶたにはくっきりラインを描く いいぞ パウダーで肌色を整えよう 私のガウンを来て行くといい よしよし なかなかいい感じだ ぴったりだな こういう時は絹のパジャマでないと 香水は? 体臭がきついと嫌われるぞ そうなる前にシュッとひと吹き どうだい? 鏡を見てごらん 自分であって自分ではない あいびきには理想的だ ついて来なさい この部屋だよ 楽しむがいい

 

ヴェロニカ

あの人たちのことは気にしないで

ありがとう とうとう壁を越えられた 鏡が割れた だが破片には? 何が映ってる?

 

ええ 3発よ 腕をかすった1発でケガをしたわ 恐ろしさのあまりじっと横たわってた 彼は外を歩き回って道のほうへ駆け出した 私は傷口の血を洗って包帯を巻き腰を下ろして待った 何分かたつと夫が戻ってきたので思わず隠れたわ 彼は変になってた ブツブツ言いながら歩き回り日記帳を取り出して何時間も書いていた 終わるとカバンを詰めて森へ消えていった 早まったことをしないか心配で追った

 

ユーハン 私が分かる? ユーハン 彼はどこ?

あっちだ おいで 呼びなさい

ユーハン! ユーハン!

 

あと1つだけお話が かまわない? 教えてほしいの いい? 女と男が長い間一緒に暮らしてるとそっくりになるんでしょ? 愛する人と同じことを考え同じものを見たくなる そして人が変わってしまう 私たちは幻覚まで共有したの? 現実だったの? 強すぎる愛情がよくなかったの? もし私が情の薄い女なら夫を守ってあげられた? それとも愛が足りないから嫉妬に振り回されたの? 彼はあの人たちを“人食い”と呼んでた 彼は食われてしまったの? 夫婦の絆を感じてた あの人もそうだったわ 言ってくれたもの ずっと一緒にいてあげれば… 考えても答えは出ない 疑問ばかり もう何が何だか分からないの…

 

『狼の時刻』

パパ

ママ! 兄貴が僕の服を

嘘だ こいつが俺の顔を

静かにして パパが寝てるわ

誰が?

誰が寝て?

パパよ 入りなさい

パパだ 間違いない

 

2人にも 久しぶり

どうも

お帰り パパ

飲もう うまいか?

あまり

おいしいよ お代わり

もういい 食べなさい

外の車 パパの?

そうだ

乗っても?

もちろん 3人で旅行だ

ほんと?

本当だ 明日の朝

ほんと? ママ

ええ 本当よ

釣りやる?

ああ したいなら

 

チビ なあ チビ オモリは?

入れた

よし

自分で入れたろ

そうだった すごい体だな 鍛えてるのかな

かもね どこから来たんだ?

“帰った”だ うれしくないのか?

うれしいけど ママはパイロットって… らしくない

どうして?

だってそうだろ パイロットなら制服や帽子を

そりゃ… 休暇で帰るのに制服なんか着るか?

そうか カメラは?

入れた ノートも

何で? 勉強する気?

日記だよ 代わりばんこに

そうだった つけよう

まだ起きてるの?

もう寝るから

何を詰め込んだの? たった2日間なのに

必要なんだ

じゃ寝なさい

ママ あの人どこから?

帰ったのよ さあ早く寝て

 

イワン

何?

“何? パパ”

何?

“何? パパ”だ なぜ言わない

何? パパ

そうだ なぜ迷う

“パパ”は恥ずかしいのか

別に

嘘つくな

嘘じゃない

息子らしくパパと呼べ いいな

はい パパ

いい子だ

ここ どこ?

お目覚めか チビ 眠りっぱなしで

そっちこそ

何だと?

まだ遠い?

たぶんあと30キロほど

誰に電話?

知るかよ

腹へった

我慢しろ

もうすぐ町だからそこで食事をとパパが

パパが? 今食べたい

リュックからボトルを 違う 右ポケットだ

ありがとう

飲んで運転?

飲むか?

いや

 

“閉店”… パパ ダメだ

分かってる お前店を探して来い

どうやって?

バカか 人に聞くとかしろ 急げ さっさと行って来い

アンドレイは?

もう待てん あいつも子供じゃないし…

アンドレイ 来い もっと 何してる

俺?

そうだ ここで何を?

レストランは見つけたよ

3時間かけて?

見てたらつい…

人を待たせて“見てた”だと?

二度としないな? 返事をしろ

もうしません パパ

よし 食べに行こう

イワン

行かない

なぜ?

食べたくない

腹ぺこだと…

もう過ぎた

ほっとこう 頑固なんだ

ここで待ってる

一緒に来るんだ

どうも

イワン あと2分で食え

ほしくない

時間がない パンを食え

汚れた

誰がそれを食べる

誰も 捨てるよ

あと30秒しかないぞ スープとパンを

車で待ってる

座ってちゃんと食え いいな

うん

“はい パパ”

はい

いいから座れ みんなお腹は一杯か?

ご馳走さま パパ

うん

結構 店員を呼んで金を払え どこへ行く 呼ぶんだ

どうやって?

口でだ

おねえさん! おばさん!

“ちょっとすみません”

ちょっとすみません

ただ今

外で待ってろ もしもし ああ 俺だ

何いじけてんだよ 感じ悪いぞ

うるさい

すげえ入ってる

だから?

別に

よう にいさん 金ある? あるよな

分かった

逃げろ!

財布盗まれた 捕まえて!

自分でできんのか 待ってろ

パパ だって急に襲われて… 捕まえて殺すさ 俺だって…

ついて来い こいつ?

そう 泥棒だ

やれ

何を?

やられたんだろ 好きなだけ殴れ

頼む…

黙ってろ どうした ぶん殴れ

いいよ やめとく

イワン 仕返ししろ

もういい

なぜ金を?

腹がへって

行け 根性なしめ

突然で…

常に備えろ 逃げられたらどうする

見てたのに来なかったろ

電話中だったんだ アンドレイ イワン 来い 荷物を出せ 釣りざおも 家までの切符代だ あのバスに乗れ

どうして?

用事が出来た

滝へ行くって約束したろ

今度な

12年後か

何だと?

今度滝に行けるのは12年後かと言ったんだよ 間違ってるか?

弟と帰れ 行け

財布のせいかな

関係ない

じゃあお前がレストランでごねたから

違う

じゃ何だよ

僕らに興味ないからだろ 分かんないのか バカ

バカ?

そうだ

お前こそ… クズめ

マヌケ!

降りろ

バカ野郎 用事があるのに滝へ行くわけ?

用事を済ますのに3日かかる ついでに付き合え その後滝だ いいか?

ママは? 帰らないと心配する

3日多くパパと過ごせるぞ それとも12年待つか? アンドレイは?

釣りもしたいしパパと一緒ならママも心配しない

イワン? 決まりだ

 

食え

魚どうする?

スープにしたらうまい

作れる?

作れるが魚は食わん

なんで?

食い飽きた

どこで?

遠くで 火を消し忘れるな このテントの張り方は何だ 張り直せ

アンドレイ あいつの魚の話どこでかな

さあな 北極だろ

どこか聞いたら黙ったろ なぜかな

思い出したくないんだろ

どうして?

しつこいな 俺が知るかよ

全部嘘さ

嘘なもんか お前に何が分かる

何こびてんだよ

誰がだ

こびてるだろ “パパ パパ”って

大人だから

僕らはガキか? 言いなりだろ 本当は誰だか分かんないのに 悪者かもよ 森で切り殺されるかも

何だって?

聞こえたろ

バカだな チビ

見てろよ どっちがバカか 笑ってろ 何だよ

イワンのバカは切り殺される

やめろ

イワン君 ピンチ

どけって やめろよ やめろ 放せ

降参?

放せ! 心配じゃないのかよ 本当のパパだとなぜ分かる なんで信じる?

バカ ママが言ったろ パパだって 父親なんだよ バカ チビ ワーニャ 泣いてんのか

うるさい

妙な事ばかり考えて

帰りたい

なあ 明日も釣りしよう 早朝パパが寝てる間に 朝はよく釣れるぞ おい やるだろ ワーニャ

うん

じゃ寝ろ 何だ?

日記 兄貴がつける番

明日でいい もう遅い

懐中電灯あるだろ 毎日つける約束だ

ほんとに頑固だな

早く書け

 

チビ 片づけろ 出発だ

どこへ?

先へ進む

パパの命令?

そうだ 行くぞ

行く必要あんの? 釣れてたのに

その局で

エサをムダにした

消せ

大物がいたんだ 新しいリールを試せた

ベケトヴォまで何キロだ

なぜベケトヴォ? ここで釣れる

何が不満だ

別に 釣りしたいだけ 休暇で来たんだろ

降りろ ほら 釣りをしろ

どうだ 釣れたか?

着替えろ

なんで帰ってきた なぜだ なぜ僕らと旅行なんか… 今さら何だよ あんたなしでうまくいってたんだ なぜ帰ってきた なぜ旅行に誘った 何のためだよ 答えろ

ママの提案で

ママに言われて? ママにね あんた自身は?

俺もそうしたいと…

なぜ? いじめるためか?

着替えろ

はまった?

よし 車から降りろ 靴くらい脱げ

なんで?

靴を脱げ ほら 上着も着ろ 枝を切れ

アンドレイ もう行かないって言おうよ 家に帰りたいって

俺は帰らない

何ぐずぐずしてる

すぐに

枝をタイヤの下に タイヤの下だ 前じゃない

どうやって?

手でだ 手で! よく見てろ いいな あっちも同じように へたくそ

どこが? なら自分でやれよ

後ろから押せ 一斉に1、2、3で押すんだ 1、2、3だぞ いいな

分かった 懲りたろ

代われ いいか 右がアクセル…

知ってる

それ! よくやった 助手席へ イワン 乗れ

 

パパ ここは? どこに来たの?

ここに誰か?

いや 俺たちだけだ

ここで何を?

ここでは何も 島に渡るんだ

島に?

どの? あの島?

いや 別のだ 降りろ しっかり締めろ あったか? よし 火に

パパ あと何を?

タールを塗って出発

島は遠い?

かなり すき間なく丁寧に塗れ ここも 水に浮かべろ 荷物を積め オールにつけ 何してる 漕げ

どっち?

まっすぐ イワン 舳先を波へ直角に

無理だ

号令で漕げ オールを上げろ オールを上げるんだ いくぞ 1、2! 1、2! いいぞ アンドレイ その調子だ 1、2!

もうダメだ

まだやれる

自分で漕げよ 力あるだろ

1、2! 1、2! 着いた 濡れた服干したか?

うん パパ

息止めて飲め 飲め

いらない

飲め 口直しだ

何? パパ

もう寝ろ

大丈夫か?

今度触ったら殺す びしょぬれだ

本気か?

何が?

パパを殺すって

触ったらね

そうか

 

それどこで?

あのテント

まだ寝てた?

いなかった

どこへ? 持ち出したのか?

うん

すぐに戻せ

嫌だ ずっと持っとく

どうして? ナイフが消えたら…

平気だよ なくしたと思うさ 言わないね?

もちろん

ならいい 近くで魚が跳ねたの見た こんなやつ ミミズがないと… パンじゃ無理だ

ナイフは危ない どこかに

嫌だ 持ち歩く

寝ぼすけ 来い 島を見せてやる

朝食は?

あとだ 行くぞ イワン どうした

足が痛い

しびれただけだろう 来い

足が痛いんだ

無理なら戻ればいい 俺に続いて登れ いい景色だぞ

どうした 来い

行けよ

怖いか?

足が痛い

手を出せ イワンは?

来ない

そうか

高い所ダメで

来い ほらあそこ

すごい

アンドレイ 下りるぞ

これ知ってる? 男が電話しました “もしもしミサイル基地?” “お間違えです” “いや そっちが間違えてる” これは? ラクダの背に…

お開きだ 楽しかったよ 俺たちは薪拾い イワンは皿洗い

何で僕が?

最後の者が片づける 初めてにしちゃ上出来だ

あんたの皿… 沈んだよ

沈んだ?

波がさらって

さらった? 俺は何で食べれば?

わざとじゃない

いいさ あとで木の皿を作ろう

作れない

教えてやる

今度は何だ

別に

自由に過ごせ

どこ行くの?

散歩だ

ミミズが欲しい パンじゃ食いつかないんだ

探せ

探せ? 言うのは簡単だ 砂浜だぞ

なぜリュックを?

キノコ採るんだろ

俺たちも森へ行こう ミミズ捕りに

遠いよ

遠くてもミミズが必要だろ

行くか 入れ物を

どうだ

それでいい 本当に島?

間違いない 上から見た

無人島?

たぶんな

建って百年?

かもな

アンドレイ

今行く

こっちだ ほら

なぜ穴が?

それよりミミズが山ほど 缶は? これなら釣れまくりだ

浜で? それとも…

ボートさ

待て パパに言わないと

必要ない 僕らで漕げるだろ 押して

どこへ行く 戻れ

ちょっとそこまで

すぐ戻るから

持ってけ 1時間やる 3時半に島を出る

分かった

1時間で戻れよ 見える場所に

分かった パパ

“分かった パパ”

ケンカ売ってんのか チビめ チビ 片づけろ もう3時だ パパに言われてる

あと2~3回

ムダだ 場所が悪い

もう少し進んでみよう

パパが…

またそれだ さっと行ってすぐ戻るさ

それなら

アンドレイ こっち! 早く

どうした

魚がいる でっかいやつ

どこ?

さお取って来て

なんで俺が

急いで

パパに何て?

“魚が釣れた”でいい 僕の提案で

見て 大物だ

何時だ?

何が?

腕時計は何時だ?

7時だ

何時までに戻るべきだった?

3時半

でも魚が…

お前に聞いてない なぜ遅れたんだ

だから… 何だよ

呼び声は?

全然 まず説明を聞いてよ 魚がかかったから

時計は何のためだ

戻るため

なのに結果は?

魚が…

やめろ 僕が言い張ったんだ それで廃船に

本当だよ イワンが言い出して

責任転嫁するな

どうしろってんだ 悪党! ヤクザ! 殺したきゃ殺せよ 畜生! 大嫌いだ

殺せ? 殺せだと?

やめろ! 兄貴に触ったら殺すぞ 来るな こっち来るな 近づくな 違ってれば好きになれたのに これじゃ無理だ 大っ嫌いだ 僕らに近づくな お前なんか他人だ!

誤解してる イワン ここにいろよ イワン! イワン!

パパ!

待つんだ イワン 止まれ

あっち行け 大嫌いだ

開けてくれ

うるさい 消えろ

頼むから

行かなきゃ飛び降りるからな

よせ 待つんだ

飛び降りてやる 僕にだってやれるさ やれる やれるぞ! 何だってやれる そうさ やれるんだからな!

ワーニャ お前…

アンドレイ

死んでる 運ばなきゃ

どこへ?

ボートまで

どうやって?

手でだ 手で 何見てる 足を持て

ダメだ

来い 引きずって オノを

なぜ?

いいから取って来い

ダメだ もう運べない 疲れた

分かった ひと休みだ ちょっと…

方向違うかも

こっちだ

迷ったんだよ

立て 行くぞ

アンドレイ

何だ

どうする? 目が開いてる

さあ 立て

 

荷物を積め

何だ?

さあ… 岩じゃないかな

まず荷物を車に すぐに ちょっと休んだら パパを運ぼう パパ パパ!

パパ!

 

『父、帰る』

親譲りの腐ったタネ

油断しているとすぐに太ってしまいますよ そして病気に苦しむはめになります だからこそ真剣に生活習慣を見直してください 味の濃い食べ物は意識して控えましょう 健康な食事の代表格はサラダです 作り方も簡単…

召し上がれ

オートミールだね 今日の予定は?

銀行で年金を引き出して息子の家に

カネが必要なら取りに来させるべきだ

他にも用が

毎回カネを与えて甘やかしすぎだぞ もう立派な大人だよ

あなただって娘を甘やかしてないかしら?

もうよそう 泊まるのか?

いいえ

 

乗客の皆様 車内販売のご案内です 各種取りそろえています 女性誌 クロスワードパズル アダルト誌 今日の新聞 お気軽にお声がけを

 

番組をご覧の皆さん スタジオでトークに参加したいと思ってる? いつでも大歓迎よ ここで待ってますからね

彼はなぜか諦めきってたの 妙でしょ 前と同じで失望してる感じだった あげく逃げたのよ

接戦です 9.8秒…

どうせなら別の逃げ方をしてほしかった

腹違いの兄2人に会いたくて捜しています 母は1960年に父と離婚しました 私が13歳の時父から手紙が届き自分に父親がいることを初めて知りました 手紙によると父は再婚し2人の息子がいるとのこと でもまだ見つかりません 私のことを聞いたら連絡してほしい 2人を見つけるのが私の人生の目標です

典型的な育成法ですね プレッシャーを与えじわじわと…

彼は今季中にブレイクしますよ

着実に成長していますがまだ結果を出していません

 

メモを読んだ 事情は分かった だがあの成績では大学は無理だ

そうでしょうけど…

軍隊に入るのが一番だと思うが

軍隊がどんなところか知ってるでしょ?

君の息子の家族を養う義務など私にはない なぜ赤の他人の教育費まで払わなくちゃならんのだ 冗談じゃない 私は君と暮らしているんだ 君の親族とじゃない 3年前に貸したカネはまだ返してもらってないぞ

それはそうだけど息子の事情も考えてほしい

彼の事情ならイヤというほど知っているとも 生まれた時から事情を抱えてる男だ もう甘やかさん 今の状況を教訓に自分で乗り切ることだな

自分の娘にもその“教訓”を押し付けてみたら? 一度くらいは

今は君の息子の話をしてるんだ 家にこもってないで早く仕事を探して家族を養うべきだ 孫が体を壊したとでもいうのなら話は別だ 迷わずカネを出すさ

見放せば体を壊すわ 娘に子供がいたら過酷な軍役に就かせたい? お願い力になってちょうだい

娘は関係ないだろ なぜ娘のことを持ち出す 私だって精いっぱい努力したさ でも娘は母親そっくりになった 楽しいことにしか関心がない快楽主義者にな

どういう意味?

“自分勝手”ってことだ

力になってくれないの?

分からんが考えよう むやみに口座のカネを連中に渡してないだろうな?

残高は端数まで把握してる

何もそこまで… 極端だな 悪かったよ 言いすぎた 悪かった いつまでに必要なんだ?

20日までには

今週中に返事をする コーヒーのお代わりを 今日の予定は?

家の掃除を

私はジムへ行く

分かってる

 

どうも エレナ

久しぶりね 注文は?

要らない

実はね お父さんが心臓マヒで入院したの

分かった

衰弱してる

意識は?

ええ 幸いにも

死期を自覚してそうね

カテリナ

なに?

お願いがあるの 彼には安らぎが必要よ 愛情を示してあげて 今はそれだけでいいの あなたたちめったに会わないでしょ 余計なことだけど

そうね

電話もしないし よくないわ 今回のことは…

親不孝な娘の罪ね

そうかも知れない

いいこと エレナ あなたは夫を案じる妻を見事に演じてる それが本性よ

愛してるわ

死んだら忘れるくせに 元看護士だからって上から目線でお説教? ほっといて

お父さんが気の毒だとは思わない?

何だかとても… 胸に迫る質問だこと 答えは“クソ食らえ”よ

ひどいわ

何号室?

今日の面会は考え直して 別の日にでも 具合が悪いの

面会できないのになぜ私に電話したの?

彼の頼みで

何号室なの?

 

お前がよく見えん

逆光だからよ

そうじゃない

どうでもいいわ

私の娘だとは思えん時がある

その目が節穴でよかった 自慢の娘になれなくて最高に幸せよ

バカを言うな

パパはおカネが唯一の生きがいだった

そうやって私の人生を査定するつもりか? カネは大切だ

そうでもない

自分で稼がないからそう言えるんだ

私を甘やかしたせいよ 何もかも与えて

責めてるのか

いいえ これからもよろしく

何でこうなるんだ

分かってないの?

お前が複雑にしてる

パパはおカネより大切よ

お前は言葉遊びが好きだな

子供はそうやって現実と折り合いをつけるの

子供が?

いいえ 妊娠してないわ そういう質問よね?

残念だ 人生の転機になるのに

ご心配なく 酒とクスリは週末だけ きれいな生活よ 自堕落な生活とは無縁なの 頑張ってるわ 信じて

タバコを吸う気か?

なんで?

ここは病室だぞ

別にいいでしょ 高いカネを払ってるんだから

正気か?

じゃ喫煙所へ

待て

今度は何を?

その喫煙癖は…

なぜだと思う? 遺伝子よ 親譲りの腐ったタネよ 私たちは腐ったタネよ 人間以下ね

子供を持てば変わるさ

別の人間になれるとでも? 変わるなんてことないわ 試す気もないわ 痛いしおカネもかかる 無意味よ

何もかも無意味? それは責任逃れのための愚かな言い訳にすぎんぞ

違うわ パパは死にかけだし私の将来も希望はない この状況で子供を作るほうがよっぽど無責任よ それなのに産むのが常識だと言うの? 立派なことだと思うわけ? 立派かどうかなんて産むだけじゃ分からないわ 楽しいことを求めるのは人として当然の欲望よ この世はもう終わるんだから

お前の話を聞いてると生きる気力がわいてくる

そうやって私を生きがいにしたいだけね そして親である自分を自画自賛するのよね

ひねくれ者め

どうも

お前を愛してる

どうしても?

いいから

おカネのためじゃないわよ

事の本質が分かってきたみたいだな 決して忘れるなよ

口が減らないわね

そうか?

ええ 病人とは思えないわ

キスさせておくれ

 

審判が問題ですね 今日の審判のことではありません でもこんなふうに審判を批判していたら皆が慎重になるでしょう

5年後にこの番組の映像を見たらそのしつこさに国中が衝撃を受けるでしょう 悪いのは皆さんですよ 覚悟してください そんな皆さんに幸あれ さようなら

 

エレナ 君に話がある 大切なことだ

薬を

実は… 遺言書を書こうかと

そんな話聞きたくないわ

重要なことだ 君には正直でいたい きっとみんな思ってる 私の死後どうなるかと

まさか

君と話す必要があるんだ

正直な人ね

私には君と娘以外は他に誰もおらん 私の死後は娘がほとんどの財産を相続する そして君は配偶者として年金を受け取る 月々の支払いになる 今後の生活費には十分だと思う 昔考えついたことだ でもその時はすぐに打ち消した 何か言いたいことはあるか?

ええ あるわ それはね… 今の話とは別のことだけど言っておきたいの

何だい?

別のことよ

どんな?

サーシャのことなの それなら父親が… つまり君の息子が面倒を見るべきだ

あなた…

考えて作った子だろ

偶然だったのよ

二度もか 笑わせるな

笑いごとじゃないわ 誰の身にも起こることよ

1人目も2人目も偶然に生まれただと? それを私に養えというのか カネが惜しいわけじゃない

そうでしょうね 娘に全部渡す気でしょ

またその話が始まった 娘にすべては渡さんよ 君は知らんだろうが多少は良識のある子だ

でも自堕落だわ

その話はよさんか

それに不妊だとか

よさんか 娘は人と違っているだけだ

そうだわ 私の息子や孫とは大違いよ

よく言うよ

なんてこと… 何様のつもりよ

何だって?

一体何様のつもりなの ただ人より財産が多いってだけでしょ そんなもの変えられる

どんなふうに?

“弱き者”が先よ

その話なら昔聞いたことがあるぞ 聖書のおとぎ話だ “平等と友愛のみがあなたに見出されんことを” 君にはすべきことがあるだろう

ええ たくさんあるわ 他に欲しい物は?

どうか分かってほしい

分かったわ

お互い大人らしく振舞おう

そうね うまくいくわ

分かってくれてうれしいよ ペンと紙をとってくれないか 遺言書の下書きをしなくては 明日弁護士が来る

 

セルゲイ ありがとう 元気よ 弱ってるけど元気よ 聞いて サーシャの件を話したわ 自力で解決しないと ええ そうよ 彼はあなたの自覚の問題だと 怒らないで やめなさい 私も混乱してる でも彼の意見は正しいわ 私たちだけで… 何とかしましょう あとでかけ直す じゃあ

クソったれ ケチな野郎だ ターニャ ビールは?

子供のミルクは?

残ってたはずなのに 宿題は?

やったよ

宿題は?

終わったよ

 

“バイアグラ”

散らかってるわね

うまく書けん まったく集中できんよ

最初に薬を

エレナ もうたくさんだ

お昼寝を?

そうする

 

心臓マヒのあとには禁じられている薬です 誰も控えろと言わなかった?

彼がこの薬を持っていたなんて

無知でいらっしゃる 若い子でも分かりそうなものですが

少しは気を使って

配慮はしています

 

私にはしょっぱすぎるけど4番のソーセージが1等よ 4番はまさに理想的な味だわ

私も4番に1票 3番と違って独特の味がする 自分なりの評価基準があるの

色と味から判断して3番に投票するわ

審査員は一般の消費者の方です 一番だと思うものに投票してもらいます ラベルは隠されています

6番がベストね とても食べやすかった でん粉の味もしないしおいしいソーセージだわ

これはやけに水っぽいな

ちょっと火を通せば…

作り方がいい加減な証拠だ まともなソーセージじゃないよ

コンテストはラボにて開催 優勝を競います

僕は6番がいいな 1番は何でできているやら ああいうのは買わないようにしてる

5番はおカネを出す価値なし せっかく稼いだおカネをムダにしないで ビニールみたいな味よ

 

故人は死を予感していました 財産分与の処理について本人から聞いています 見舞いに行った折に本件について話し合いました 彼の遺志については記録しておりませんが法律に従って次のことを認めます 遺言書はありません よって法的相続の原則が適用されます まず第一に故人に借金はありません 万一発覚した場合お2人は債務者になります 続いての重要な点ですが配偶者が亡くなると存命の配偶者は結婚期間の財産部分を相続する権利を有します すなわち共有財産の分割です 結婚期間中に取得された財産に関して配偶者は他の相続者と均等分割します この部分は個人財産とともに相続財産に含まれます 本件の場合正式な結婚生活は2年余りなのでその間には共有財産は発生していません それゆえこの場合あなたには配偶者の遺産分与は該当しません あなたは娘さんと個人財産を平等に分割相続します 知る限りあなた方以外に他の相続人はいないので個人財産はお2人の間で平等に分割されます 何かご不明の点があればさらにご説明いたします

父は家の金庫に多額の現金を保管していたはずよ それは?

何もなかったわ

本当に?

信じて

いいわ 他には?

まだ概要を説明している段階です これから詳しく話しますがご希望なら休憩します

大丈夫よ 続けて

あなたは?

大丈夫よ

では続けましょう

財産の山分けね

適法です

 

どうぞ

母さん 乾杯しようぜ

そうよね

酒はあるか?

もちろん

早く持っておいで うれしいね ウラジミルに乾杯 彼もようやく人の役に立ったか

サーシャに乾杯よ

サーシャ サーシャ さっさと来い 学生さん 座れ さあ 大学に行けるぞ

ちょっと…

いいだろ 今日は特別だ

これ本物かい?

すごいだろ 置いとけ 乾杯だ

新しい生活に

母さん サプライズがあるぞ 子供ができた

何と言ったの? 驚いたわ めでたいわね

子供にヤツの名を

女の子がいい

女の子ね 女の子がいいわ そうよね?

よして

今日はお祝いだぞ

ゲーム・オーバー

ヒューズが飛んだのさ 母さん 痛いから離して 停電か

世界中がな

バカ野郎が 原因は?

知るかよ 団地全体が停電だな たぶんな すぐに… 修理が

電気代は払わされるさ

 

母さん

静かに

母さん これを外して壁を作ればサーシャの部屋になるよ

カテリナに相談しないと

あの女と話を?

必要なのよ

今さらムダだ ビールある?

冷蔵庫を見て

寝たの?

ええ お義母さん ここは天国ね

紅茶を飲む?

私がやるわ

ナッツを持ってきてくれ

 

あるルポルタージュでアメリカのオバマ大統領と側近の議員たちが殺害作戦が実行される様子を椅子に座って眺めていました ビン・ラディンです 特殊部隊による詳細なレポートを入手することは可能だったはずです 映像を見せる必要が? 殺害シーンを見るというのは冷笑的な態度だと思います 今の時代暴力は… 暴力や虐待は気晴らしの一種になっています 善は悪に打ち勝つ 善は悪に勝るという神話はおとぎ話や寓話でしかなく多くの人たちは信じていません すべて目撃しているからです インターネットやテレビに情報があふれ悪の行いが目に入ってくる 悪が勝利し罰せられることもない 善は悪に勝り悪は悔い改められるという神話に対する人間の態度が変わりつつあると感じます もう1つ思っていることがあります とても重要なことです 企画書を作っていた頃印象に残る出来事が2つありました 1つ目は新聞の三面記事です 飛行機を待つ間に8~10語程度の記事を読みました その内容は“ある企業家が4万ルーブルで夫の殺害を依頼” 1000ユーロですよ 人間の命が10語で語れることを知りました 驚くほど簡潔に 現在のロシア社会を象徴しています 2つ目に衝撃を受けたのはテレビで目にした50代前半の男性の顔です エレナと同世代でした 見ていたのは数秒間ですがその間に私は彼の顔に親近感を覚えていて彼は何者で何をしたのか考え始めました 彼は頭を振りながら質問に答えている “彼は17平米の住居を巡って母親を殺した” その言葉を聞いても彼の顔を見ていると目の前の画面に映っている男がそんなことをできたとは思えないし信じられない これも時代の象徴で全世界に関わることだと思います ロシア国民だけの問題ではないと 実際のところは分かりませんが…

 

『エレナの惑い』