違う

靴を脱ぎなさい 靴を履いたままじゃベッドが汚れるでしょ 何やってんの ママとの約束忘れたの? 1 部屋を掃除する 2 荷物をまとめる 持っていく物を出して ママが話してるときは携帯を見ない どうなの?
今すぐやるわよ
なぜきれいな服を床に放り投げとくのよ ちゃんと畳んでまとめておきなさい 持っていく物と置いていく物を別々に分けて 汚れた服は真ん中に 靴を片付けといて 汚いのにまったく… 部屋で食べちゃダメと言ってるでしょ 首輪は買ったの? ローリの首輪よ
ううん
やっぱり忘れたのね メリ 行くわね バイバイ いい子にしてるのよ 口答えさえしなければ本当にいい子なのに

気に入った?
ステキだわ 匂いが違うの 空気がまるで違うのよね… あなただって感じるでしょ?
いつも感じてるわ
濡れちゃう
肌の匂いを嗅いでみて 忘れられないわよ
誰の?
黒人の肌よ ココナツの匂いがして食べたくなっちゃう
信じられない!
本当よ
私には無理
それがクセになるのよ 本当だって
二人よさそうな子に会ったんだけど見分けがつかないの そっくりで
最初だけよ 大きさが違うもの サイズが
背丈?
大きいか小さいか 私のは大きいの
大きいって?
あそこよ! 驚くほどね 昨日はダンスを見せてくれたわ プロよ プロ
ダンス?
すごくセクシーだった 驚くほど!
裸で?
そうよ “角のケダモノ”ってドイツ語教えちゃった “角のケダモノ”って
信じられない! 耐えられない ひどすぎるわ!
彼が“角のケダモノ”って言うとこ想像してみて あなただってすぐそうなるわ
私も自然にそうなるってこと?
自然になるわ
本当?
本当よ 自然にね
全然違うわね 確かに違う 肌も…
そこがいいのよ エキゾチックで

下の毛も剃った方がいいと思う?
何を?
下の毛
必要ないわよ
なぜ?
ここの人と違ってる方が好まれるの ここの人のはカールしてるわ 私たちのはモジャモジャだけど
前の男剃らされたの でも私は嫌いなのよ
必要ないわ そのままで 赤ちゃんみたい 私の毛はもうまばらだけどまばらなのが好きみたい 好みなのよ 私は縮れ毛が好き 頭の毛も縮れ毛でしょ
前の男に気味が悪いって言われたの 私は平気だけど
呑み込むから?
いいえ 脇の毛みたいで気味が悪いって
私は平気よ 生えてるのが自然なんだもの ここではワイルドな方が好まれるの 生えてる方が自然よ 私は剃らないわ
必要ないのね?
ええ 違ってるからいいのよ
そのままの私で?
そこが素晴らしいところよ 私なんて何にも心配してないわ 今まで男のために犠牲を払ってバカみたい 自分を魅力的に見せたくて必死だった 今度は自分が楽しむ番 ありのままの姿で
ステキ
ついにね

誰かにじっと見つめられたい 分かる?
まったく同感だわ ここも同じ 見つめる勇気がないのよ
私はイヤ 皺を見られたくないもの
気にしすぎ
顔を近づけるでしょ 私は見られたくないわ
一人の人間として見てほしいの 外側だけじゃなく瞳の奥の心を見てほしい 皺と脂肪の下にある心を見てほしいのよ 瞳をまっすぐ見て
その通りだけどあんまり近くで見つめられるとブスなのが分かっちゃう
まだ若くてピチピチよ
もう若くないわ
私はあなたみたいになりたい 離婚してもこの体じゃ…
私も本当にイヤだった 浮気も出来ないと思ってた 元夫は私の容姿に文句ばかり どんな髪型にしてもダメ
あなたの髪ステキだわ
文句ばかり言われて男の前で裸になれなかったわ
まさか!
本当よ
整形しようとか思わなかった?
脂肪吸引は?
ダメ ダメ
あれが一番よ
私なんて全身脂肪吸引だわ
すごいね! 完全に新品ね!
瞳をまっすぐ見てもらいたいというのは体だけじゃなく人間を見てほしいってこと 垂れたオッパイや皺やお尻だけじゃなく人間としての自分を心の目で見てほしいの

私が好きと言ったわよね でしょ?
好きですよ
なぜ?
美しいからです 髪の毛が好きだし ステキな笑顔
私の笑顔? ダメ 突かないで 突かないで
何?
突かない こんな風にしないで 分かる? 私は突かないでしょ 分かった?
問題ないです
優しくして
優しく?
優しく こんな風に そおっと
こんな風に
違う… 片方だけよ
これでいい
私は動物じゃないの
動物って?
こういう風にするの いい? こうするの
何?
私はもっと… こうするの こうじゃなくて 心を込めるの 分かる? 心を込めて やってみて
こう?
違う…
こういう風に
もし私がこうしたらよくないでしょ まず私の瞳を見て 私の瞳を見てその奥の心を見るの分かる? 私の心を見るの “私の心を見る”と言って
“私の心を…”
“あなたの心”よ “私の心を見る”
“私の心を…”
私の瞳を見る
僕が見る
そうそう そしたら触っていいわ ゆっくりね
ゆっくり…
片方だけ 両手はダメ いいわね?
分かった
やってみて 今度は両方を アフリカではキスしないの?
キス? ええ
キスの前に もう少しこうしてからキスする?
キスも好きです
私にキスしたい?
ええ…
何?
キスしたいです
本当?
ええ
いいわ
する? する?
ええ
するよ
そんなに急に舌を全部入れちゃダメ
あんまり… 分かるでしょ?
ヨーロッパ式じゃない
そうじゃなくて 舌を入れすぎよ 最初は少しだけ
ムズング・キスだ
ムズング・キス? 最初はあんまり舌を入れないで
分かった そんなに笑わないで じゃあキスするよ

そこで止まって この部屋でシャワーを浴びて 私は明かりを点ける 分かる? シャワーを ここにあるわ その石鹸を使って いい石鹸よ それで下の毛を洗うのよ いい? 終わったらノックを 分かった? よろしく ジョセフ?
はい
シャワーよ シャワー! 水! ジョセフ こっちへ 座って 白人女性と経験は?
いいえ
白人女性に触りたくない? 触りたい?
はい
私に触りたい? ここを 手を出して ここに 反対側も 好き?
はい
白人女性にキスしたい? 私にキスを
はい
私は年寄りだけど 私にキスしてもいいわよ 白人女性にキスは?
ないです
いいわ 今度はベッドの隅に座って つま先にキスしてくれない? もっと上 もっと上 反対側 もっと上 もっと上 もっと上 真ん中に そうじゃないわ やり方分かる?
いいえ
教えるわ あなたに教えてあげる
慣れてません
したくない?
違います 慣れてないんです
やってみて
難しいです
年寄りだから?
年寄りじゃないです
やってみて
慣れてません
したくないのね
そうじゃないです
やってみて
ダメです できません
いいわ ダメ? できない?
できません
悲しいわ 分かった 帰っていいわ ここから出てって 出てって 服を持って出てって 早く お金を盗まないでよ! 早くして 外で着なさい

『パラダイス:愛』

ここ

これが現実に起こったこととはとても信じられない これは夢? それとも悪夢? 狂気か正気か私にはもう分からない

久しぶりの自由よ 医者はいない 病院もない もう治ったの やり直す 今のは黙っておこう
ジェシカ なぜ来たの?
話しても信じない
いつまでもそばにいて 私の愛しい人 私たちはいつも一緒よ 私の愛しい人 あなたの知ってる世界 そこから離れて そして私のそばにいて 私の愛しい人 いつまでもそばにいて 私の愛しい人 血よ ジェシカ ほら よく見て 血よ 血よ 私はここよ ジェシカ ジェシカ 私はここにいるわ ジェシカ 私のところへいらっしゃい
もう誰も私を信じない あれは現実? 現実に起きた?
ジェシカ 私といらっしゃい ダンカンは私の物 愛されていると思う? 私の物よ 私はまだ生きている 私はここよ ついてらっしゃい ジェシカ ジェシカ いらっしゃい こっちよ こっちよ こっちに来て ほらここ ついてきて 私についてきて ジェシカ ここよ ジェシカ ジェシカ 動かないで そこにいて ジェシカ そこにいて お帰りなさい 帰ってきたのね ジェシカ ジェシカ 私はここよ 私はここよ あなたがほしい あなたには生きる意味がある? あなたは死にたがってる 自分の思うとおりにすれば? 私はまだここにいる どこへも行かない あなたは決して治らないわ 私はここ あなたの血の中に 血の中にいる ジェシカ 私はここにいる ここよ

『呪われたジェシカ』

その者は狼のようなものである その者は狼である それ故に追放された者である

あの決定的な敗戦から十数年 占領軍統治下の混迷からようやく抜け出し国際社会への復帰を図るべく高度経済成長の名の下に強行された急速な経済再編成がその実を結びつつある一方でこの国は多くの病根を抱えていた 強引な経済政策が生み出した失業者の群れとその都市流入によるスラム化を温床とした凶悪犯罪の激増 わけても武装闘争を掲げた反政府勢力の急速な台頭はこれに対処すべき自治体警察の能力を超えて深刻な社会不安を醸成していた 自衛隊の治安出動を回避しあわせて国家警察への昇格をもくろむ自治警内部の動きを牽制すべく政府は第三の道を選択した 首都圏にその活動範囲を限定しつつ独自の権限と強力な戦力を保有する国家公安委員会直属の実動部隊 首都圏治安警察機動隊 通称“首都警”の誕生がそれである 迅速な機動力と強大な打撃力によって治安の番人としての栄誉を独占し第三の武装集団として急速に勢力を拡大した首都警 しかし当面の敵であった反政府勢力が非合法化を含む様々な立法措置によって解体し離合集散の末に“セクト”と呼ばれる都市ゲリラを生み出すに及んで状況は大きく転回することになる 首都警の中核をなす特機隊とセクトの武力衝突は熾烈をきわめ時に市街戦の様相を呈することもしばしばであり激しい世論の指弾を浴びた 経済的繁栄への期待に向けて流れ始めた世相の中特機隊はその宿敵であるセクトと共に急速にその孤立を深めつつあった強化服と重火器で武装し“ケルベロス”の俗称とともに武闘路線をひた走り続けた特機隊の精鋭たちもその歴史的使命を終え時代は彼らに新たなそして最終的な役割を与えようとしていた…

で 負傷の程度は?
目の前で爆発したんだ 運が良くとも重傷は免れんところだが強化装甲服のおかげだな 軽い打撲と脳震とう そう聞いている
それより昨夜の件だ そのためにこうして出向いて来たんだ
どうせまた自治警の抗議だろう 共同警備の申し合わせに対する重大な侵犯行為だとな
なぜ事前に通告しておかなかったんだ
情報が漏れるのを承知でか?
自分の縄張りの足の下で勝手をされた上にこの有様だ 連中が怒るのも無理はない
な 安仁屋 共同警備体制の推進なんて無駄はやめたらどうだ 所詮連中とは水と油 合わせてみても濁って浮き上がるのは俺たちだけだ
だとしてもだ 今我々の置かれた状況を考えてみろ 足を引こうとする連中にとって批判の対象にされがちなお前たち特機は格好の標的なんだ
と言われても戦闘ともなれば不測の事態は避けられんさ 連中の抗議は筋違いもいいところだ
爆発が不可抗力や偶発事故であるとするならな
どういうことだ 室戸
昨夜の特機の戦闘行動 それ自体が問題なのではない 重要なのは完全な制圧に失敗しゲリラの自爆を許した事にある
半田君 何と言ったかな
伏… 一貴巡査 養成課程を修了して9月に突入小隊に配属されています
新人には酷だったかもしれんな 自爆したゲリラは未成年のそれも女だったそうじゃないか
武器や爆発物の運搬に女や未成年者を使う ヤツらの常とう手段だ
お前ら公安部の言う“赤頭巾”か
俺たちが相手にしているのは気まぐれな犯罪者でもなければ狂暴さが取り柄のゴロン坊でもない 目的のためならどんな汚いまねでも平然とこなすだけの強じんな意志力を持ちしかも犯罪者としての負い目なんぞこれっぽっちも持たない そういう連中なんだ
言われるまでもない どのような事情があれ制圧をためらった隊員の責任は明白だ ただし事実関係の調査および隊員の処罰は隊内に査問委員会を召集してこれに当たる それでいいな
正規の手続きを踏んでな
何だそれは?
隊内には我々も知らぬ諜報だか粛清だかの部隊もあると聞く
何をバカな
“人狼”とか言うヤツか?
まあ単なる噂だろうがな
いちいち気分の悪いヤツだ で 安仁屋
いいだろう お前に任そう 事前通告の件は突っぱねるにせよ処罰することで最低限あちらの顔も立つ くれぐれも自重してくれよ

知ってるよな 捜査資料を部外者に提供するには部長の許可が必要でその室戸部長は反特機勢力の急先鋒だ ここで俺がお前と会っている事自体査問の対象になりかねないんだぜ
すまん
まあいいさ どうせ部内じゃ冷や飯ぐらいの養成校上がりだ 今さら上司の顔色を窺っても始まらんしそれに同期でただ一人の友人のたってのお願いってやつだしな 生き残った男の証言を頼りに洗ったんだが身元の割り出しにゃえらく苦労したそうだ 遺体といっても顔も分からん有様だったらしいな で どうするつもりなんだ? 目の前で自爆されたんだ お前の気持ちも分からんじゃないがあの娘の死に責任を感じてるんだとしたらとんだお笑いだ 俺やお前には理解できなくともヤツらにはヤツらの理屈があるのさ その理屈に従って人も殺すし時に自分の命を絶つ事もある 俺やお前がそうであるようにな 状況が一つ違えば吹き飛んでいたのはお前だったかも知れないんだ
撃つつもりだった
ん?
俺は撃つつもりだった
だったらなぜ撃たなかった! 忘れちまえよ 情に流されちゃこんな商売できやしない 生きる術のない手負いの獣になんざなる事はないんだ

昔一人の女の子がいて母親に7年も会っていませんでした 女の子は鉄の服を着せられて絶えずこう言い聞かされていました “服がすり切れたらきっと母さんに会いに行けるよ” 女の子は必死に服を壁にこすりつけて破こうとしました とうとう服が破けミルクとパンそれにチーズとバターを少しもらって母親のもとへ帰ることになった女の子は森の中で狼に出会い何を持っているのかと聞かれました “ミルクとパンそれにチーズとバターを少し”と答えると狼は“分けてくれないか”と言い“母さんへのお土産が減るから”と女の子は断りました 狼はピンの道と針の道のうちどちらから行くのかと聞き女の子がピンの道を行くと答えると自分は針の道を急ぎ女の子の母親を食べてしまいました やがて女の子は家に着きました “母さん 開けて” “戸を押してごらん 鍵は掛かっていないよ”狼がそう答えました

で どう思います?
何の話だ
なぜ撃たなかったのか 伏の話ですよ “ここにはペイント弾なんて結構な物はない いかなる状況であれ撃たれるよりは撃つべきだ”とそう体に覚え込ませるためにこれを使っているんじゃなかったんですかギアをつけていても骨までこたえる 初めてこれを食らった時は痛さで朝まで眠れなかった
それが嫌で公安部へ行ったんじゃなかったのか
所詮はあいつも人間って事ですかね
さあな だがどんなに痛めつけられても獣として生きることに安らぎを感じる者もいる
あいつがそうだと?
まぁ分かるまで繰り返すさ お前も妙な男だな 辺見 同期の期待を裏切って公安部へ進んだくせに特機で落ちこぼれたヤツを気遣って古巣へやって来る
そんな男の相手をしてくれる教官も十分に変わっていると思いますがね
女でもできたかな
え?
伏だよ 近頃外出が多いらしい 何か聞いているか?
いえ
どちらにせよ人と関わりを持った獣の物語には必ず不幸な結末が訪れる 獣には獣の物語があるのさ

ねえ あの角 あそこって前何があったんだっけ 覚えてる? そういうもんよね みんなすぐに忘れちゃうのよ ううん 初めから記憶なんてしてないのかもしれない 一日経って更地になっちゃえば初めから無いのと同じ 人間だって死んじゃえばそうかもしれないわ 何だか寂しいって思わない? ね… 結構遠くまで見えるでしょう
ああ
ここにこうしているとあたしもいつかきっとこの街を抜け出せるんじゃないかって思うの そしてどこか遠くの知らない街で別の人間になっちゃうのよ
別の… 人間?
そう 今までの事は全部忘れちゃって違う人になるのよ あなたはなぜ特機隊に入ったの?
え? うまく言えないけど俺にとってやっと見つけた居場所だったのかもしれない
大切な場所?
多分ね
そっか あなたは見つけたのね
わーい わーい 痛て!
あっ 僕 大丈夫?
イ… ああ! ああ…
あ~あ 行っちゃったね ケガは無い? あなたは来られないわ
待ってくれ! 聞きたい事があるんだ!
あなたは来られないわ 来てはいけないの

で… ピンの道を通って家へ帰った女の子はどうなったんだい?
“戸を押してごらん 鍵は掛かっていないよ”狼はそう答えました それも戸が開かないので女の子は穴をくぐって家の中へ入りました “お母さん お腹がペコペコよ” “戸棚に肉があるからおあがり” それは狼が殺した母親の肉でした 棚の上に大きな猫が来てこう言いました “お前が食べているのは母さんの肉だよ” “母さん 棚の上に猫がいて私が母さんの肉を食べてる そう言ってるわ”
“嘘に決まってるさ そんな猫には木靴を投げてやるがいい”
肉を食べた女の子はのどが渇いてきました “母さん 私のどが渇いたわ” “鍋の中のブドウ酒をお飲み” すると小鳥が飛んで来て煙突に止まって言いました “お前が飲んでるのは母さんの血だよ 母さんの血を飲んでるんだよ” “母さん 煙突に小鳥が止まって私が母さんの血を飲んでる そう言ってるわ”
“そんな鳥には頭巾を投げてやるがいい”
肉を食べブドウ酒を飲み終えた女の子は母親に向かって言いました “母さん 何だかとっても眠くなったわ”
“こっちへ来て 少しお休み…”

どうだろう 考えてもらえたかな
我々自身も大きなリスクを冒しているんだ この情勢下に警備部の人間が首都警の幹部と秘かに会合を重ねるということがどういう意味を持つか
重ねて言うが我々は首都警そのものを葬ろうとする本庁の連中とはその考え方において一線を画して行動しているつもりだ 創設時のいきさつはともかくここ数年首都警がこの国の治安の維持に果たしてきた役割については十分理解しているしそれも君が組織した公安部の活動に負うところが大きいと考えている 我々は君と君の公安部を高く評価しているのだ
首都の治安が沈静化の方向をたどり始めたとはいえ反政府勢力の力はまだまだ侮れぬものがある 地下に潜行したことでむしろその組織力が強化されつつあることは頻発の傾向にある彼らの破壊活動の例からも明らかだ
我々を取り巻く状況は大きく変わりつつあるのだ 武力による正面対決を避け公安活動を中心とする治安体制を速やかに確立せねばならん そのためには組織の統合 指揮系統の一本化こそが緊急の課題なのだが
首都警潰しに狂奔しとる総監部の連中にはそのことが分からんのだ
本庁内部にあって多数とは言えぬながらも現場の治安を預かり国家の将来を真に憂う者たちの中に我々の勢力は着実に浸透しつつある これに君の公安部 そして安仁屋部長の政治力が合流すれば
首都警との組織的併合をもって内部気候の大幅な刷新に充てる 非公式ながら公安委員数名の内諾も取り付けた ある条件付きでな
特機隊か どう思う
口先だけのくだらん連中です 監察部辺りにひと睨みされれば尻尾を巻いて小屋に逃げ込む手合いだ 公安委員も本庁に対する牽制のつもりで言質を与えたんでしょう
そんなところだろうが連中の情勢認識だけは正確だ ひとつの小屋に2匹の犬は入らん だが2匹の犬のその血が必要なのだとしたらつがいにすれば事は済む どちらの血筋が残るかは賭けだがな いくら力を誇ろうとその優れた血を残せなかった獣はいずれ滅びる ある種の獣は群れの長になった時支配下の雌の子供をすべて咬み殺すそうだが時には組織も同じ事をやる 特機の友人を裏切るのは心が痛むか? どんな女だ
死んだ娘と同じ赤頭巾の一人で “ラングハール” 本名 雨宮圭 前科はありませんが逮捕歴数回の筋金入りのテロリストです 一課の網にかかって落ちたところを引き取りました
その女を選んだ理由は?
素性の良さと顔立ちが死んだ娘によく似ていましたので
折を見て仕掛けろ それから“人狼”という組織の名を聞いたことがあるか
確か特機隊副長の半田が直々に組織した対諜報部隊で特機内部はもちろん本部や公安部にまで構成員を潜り込ませているとか 本当に存在するんですか? そんな組織が
まさかとは思うが半田は占領統治時代G2の要請で対敵諜報部を組織した経歴もある 何を考えているか分からん男だ 一応頭に入れておけ
現役の特機隊員と女テロリストの許されぬ関係か… 部長のヤツ 泥臭い手を使いやがる 確かにこの手のスキャンダルは効果が大きいがな 何を考えている? おとぎ話の悪役は昔から狼と決まってるんだ お前が裏切るのは人間じゃない

そろそろ動き出しそうだな ヤツは本当に使えるのか?
獣として生きるしかない男でしょうから…

女の子が着物を脱いで寝台に近付くと母さんは頭巾を顔の方までかぶって奇妙な格好をして寝ていました “母さん 何て大きな耳をしてるの” “だからお前の言うことが聞こえるのさ” “母さん 何て大きな目をしてるの” “これでなけりゃお前がよく見えやしないからさ” “母さん 何て大きな爪なの” “これでなけりゃお前をうまくつかめやしないからさ” “母さん 何て大きな歯をしてるの…”

それは?
本物を持たせるほど私を信用しちゃいないわ でも爆弾の受け渡し場所に夜の博物館を指定するなんて公安もシャレた設定をすると思わない? ましてその場で逮捕された犯人の片割れが現役の特機隊員とくればマスコミが一斉に飛びつくわ
演じてみせるのは自治警だが筋書きを書いたのは首都警公安部 演出は… 辺見か
そこまで知っててどうして?
抜けるぞ
逃げられたそうです 女を拉致されご丁寧に車まで奪われて現在所在不明 警備部を動員して非常線を張ってるそうですが網にかかるかどうか やっぱり連中には荷が重かったようですね
そんなに優秀な男だったのか
情緒面に難あり ただし射撃 格闘技 ストーキングなどあらゆる戦闘技術に抜群の技量を有す… 話しませんでしたっけ
作戦課から使えるものを選んで連れていけ
保険を掛けといて正解でしたよ
辺見 もしあの男が“人狼”だったら
撃ちますよ のど笛に食らいつかれる前にね 俺はヤツとは違う

これからどこへ行くの?
暗い森へ
暗い森を抜けてどこへ行くの?
誰かの待つ家へ
誰が待ってるの?
お母さん? おばあさん? それとも…

我々は当初から伏が査問を受けた頃から彼を看視下に置いていた 君が彼と接触した時点で君の身辺も洗わせてもらったよ
それじゃ…
初めから承知の上で泳がせていたのさ 諜報戦とはこういったものさ 常に先を読み先手を打ったものが優位に立つ 彼らは特機隊の失墜を計るべく彼をいけにえの羊に選んだつもりだったんだろうがワナに掛かったのは彼ら自身だったのさ スキャンダルを恐れなければならなくなったのは彼らであって我々ではない 君というカードが我々の手にある限り公安部もしばらくの間は特機隊にうかつな手出しはできないという訳さ 俺がヤツらの立場でも保険は掛けるさ もっともこの手を辺見に教えたのは俺なんだがな もう分かったろう ここにいる男は特機隊の隊員であるとともに常に我々の組織のメンバーだった そう 養成校で私の指導を受けていた生徒だった頃から
じゃあ あなたも初めから… そうなの?
あれが本当の彼の姿だ 我々は犬の皮をかぶった人間じゃない 人の皮をかぶった狼なのさ
ひと… おおかみ!
よし 行け! 猟師が狼を退治して終わるのは人間が書いた物語の中だけなんだ
やはりそうだったか 伏! 俺が諭すまでもなくお前はまさしく! なぜだ なぜあの時お前は撃たなかった? 何が違うと言うのだ 俺と何が お前だって… 人間じゃねェかあ!

彼女は公安部を抑えるための持ちカードじゃなかったんですか
重要なのは彼女が我々の手中にあると連中が信じている事であって現実の彼女の生死は問題じゃない
それならなぜ
奪還されるリスクを冒さずしかもその死亡を敵に確認させないために取るべき方法は一つしかない いいか 彼女はその生存の可能性を留保し続けるために今ここで死ぬしかないんだ そんな事は修羅場を踏んできた彼女自身先刻承知の事だ 群れを離れて人のもとへ行きたくなったか だがな… 人の皮をかぶって人と隣り合わせに生きていても狼が人になれる訳じゃない 自分の手で運んだ爆弾で多くの命を奪ったあの女の罪が決して消えないようにな
俺は一体…
どうしたらいいか教えてほしいか? 人と関わりを持った獣の物語に結末をつけろ お前が獣でいられる間に
女の子が着物を脱いで寝台に近付くと母さんは頭巾を顔の方までかぶって奇妙な格好をして寝ていました “母さん 何て大きな耳をしてるの”  “母さん 何て大きな目をしてるの”  “母さん 何て大きな爪なの” “母さん 何て大きな歯をしてるの!”
そして狼は赤頭巾を食べた

『人狼 JIN-ROH』

人形

「われわれの神々もわれわれの希望も、もはやただ科学的なものでしかないとすれば、われわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか」 ―リラダン「未来のイヴ」

人間とロボットは違う でもその種の信仰は白が黒でないという意味において人間が機械でないというレベルの認識に過ぎない 工業ロボットはともかく少なくとも愛玩用のアンドロイドやガイノイドは功利主義や実用主義とは無縁な存在だわ なぜ彼らは人の形それも人体の理想形を模して作られる必要があったのか 人間はなぜこうまでして自分の似姿を作りたがるのかしらね あなた子供は?
娘が1人
子供は常に人間という規範から外れてきた… つまり確立した自我を持ち自らの意志にしたがって行動する者を人間と呼ぶならばね では人間の前段階としてカオスの中に生きる子供とは何者なのか? 明らかに中身は人間とは異なるが人間の形はしている… 女の子が子育てごっこに使う人形は実際の赤ん坊の代理や練習台ではない 女の子は決して育児の練習をしているのではなくむしろ人形遊びと実際の育児が似たようなものなのかもしれない
一体何の話をしてるんです?
つまり子育ては人造人間を作るという古来の夢を一番手っ取り早く実現する方法だった そういうことにならないかと言ってるのよ
子供は… 人形じゃない!
人間と機械 生物界と無生物界を区別しなかったデカルトは5歳の年に死んだ愛娘にそっくりの人形をフランシーヌと名づけて溺愛した そんな話もあったな
ああ 不躾な質問で大変恐縮なんですが
私は子供を産んだことも育てたこともない ちなみに卵子バンクにも登録していない
どうもありがとう ミス…
ハラウェイ ミスもミセスも要らないわ

人形に魂を吹き込んで人間を模造しようなんて奴の気が知れんよ 真に美しい人形があるとすればそれは魂を持たない生身のことだ 崩壊の寸前に踏みとどまって爪先立ちを続ける死体
電脳化した廃人に成り下がる それが理由か
人間はその姿や動きの優美さにいや存在においても人形にかなわない 人間の認識能力の不完全さはその現実の不完全さをもたらしそして… その種の完全さは意識を持たないか無限の意識を備えるか つまり人形あるいは神においてしか実現しない いや… 人形や神に匹敵する存在がもうひとつだけ
動物か…
シェリーのヒバリは我々のように自己意識の強い生物が決して感じることのできない深い無意識の喜びに満ちている 認識の木の実をむさぼった者の末裔にとっては神になるより困難な話だ
致し方なく人形に入って死んだフリをする それが理由か
“未だ生を知らず 焉んぞ死を知らんや”と孔子さまも言ってるぜ 死を理解する人間は稀だ 多くは覚悟でなく愚鈍と慣れでこれに耐える つまり人は死なざるを得ないから死ぬ訳だが
生身の人形は死を所与のものとしてこれを生きる キムが完全な義体化を選んだ それが理由だった
実に嫌な気分だろう よくわかるよ 外見上は生きているように見えるものが本当に生きているのかどうかという疑惑 その逆に生命のない事物がひょっとして生きているのではないかという疑惑 人形の不気味さがどこからくるのかと言えばそれは人形が人間の雛形でありつまり人間自身に他ならないからだ 人間が簡単な仕掛けと物質に還元されてしまうのではないかという恐怖 つまり人間という現象は本来虚無に属しているのではないかという恐怖… 生命という現象を解き明かそうとした科学もこの恐怖の醸成に一役買うことになった 自然が計算可能だという信念は人間もまた単純な機械部品に還元されるという結論を導き出す
“人体は自らゼンマイを巻く機械であり永久運動の生きた見本である”
18世紀の人間機械論は電脳化と義体化の技術によって再び蘇った コンピューターによって記憶の外部化を可能にした時から人間は生物としての機能の上限を押し広げるために積極的に自らを機械化し続けた それはダーウィン流の自然淘汰を乗り越え自らの力で進化論的闘争を勝ち抜こうとする意志の表れでありそれ自身を生み出した自然を超えようとする意志でもある 完全なハードウェアを装備した生命という幻想こそがこの悪夢の源泉なのさ
“神は… 永遠に… 幾何学する”
バトー これがまだ擬似信号の作り出す現実の続きでないと言い切る自信がお前にあるのか?
囁くのさ… 俺のゴーストが
人間もまた生命という夢を織り成す素材に過ぎない 夢も知覚も いやゴーストさえも 均一なマトリクスに生じた裂け目や歪みなのだとしたら
俺もお前も同じくだらねえ人間だが俺とお前じゃ履いてる靴が違う ゴーストが信じられねえ野郎にゃ狂気だの精神分裂だのって結構なもんもありゃしねえ お前の残り少ない肉体は破滅することもなく分相応な死ってやつが迎えにくるまで物理的に機能するだろうよ

“鳥の血に悲しめど魚の血に悲しまず 声ある者は幸福なり” 人形たちにも声があれば“人間になりたくなかった”と叫んだでしょうね

『イノセンス』

人形使いって… あの正体不明のハッカーが?
国籍推定アメリカ年齢性別経歴全て不明 去年の冬頃から主にEC圏に出没 株価操作 情報収集 政治工作 テロ 電脳倫理侵害 その他十数件の容疑で国際手配中の犯罪者 不特定多数の人間をゴーストハックして操る手口から付いたコードネームは“人形使い” この国に現れたのは初めてのはずよ
そんな凄腕がなんで旧式のHA-3なんかで?
新しいタイプだと確かに発覚しにくいし逆探も難しいわ でもそれだと状況からして直ちに前軍事政権の指導者だったマレスに疑いがかかる
スポンサーであるマレスの疑いをそらすためにわざと旧式を使わせた…
あるいは我々にそう思わせたい別のスポンサーがいるのか… 案外マレス自身も踊らされている一人かもね
考えすぎなんじゃない? 今のところ何の根拠もないし
根拠ですって? そう囁くのよ 私のゴーストが
ところでまだリボルバーを使ってるんだって? ツーマンセルで2丁さげてもジャムが怖い?
俺はマテバが好きなの!
援護される身としちゃ好みより実効制圧力を問題にしたいわ やばい目にあうのは私なんだからツァスタバにしなさい
少佐 前から聞いてみたかったんだけど何で俺みたいな男を本庁から引き抜いたんです?
お前がそういう男だからさ
非正規活動の経験がない刑事あがりでおまけに所帯持ち 電脳化はしてても脳みそはたっぷり残ってるしほとんど生身 戦闘隊員としてどんなに優秀でも同じ規格品で構成されたシステムにはどこかに致命的な欠陥を持つことになるわ 組織も人も特殊化の果てにあるのは緩やかな死 それだけよ

終わったか?
こんなんで強装弾なんか撃つからフレームがたがた バレルもダメだなこりゃ
逮捕してもムダだ 何も吐かんぞ!
吐く?
自分の名前も知らねえ野郎が偉そうなことぬかすな バカ!
母親の顔 生まれた街の風景 子供の頃の記憶 何かひとつでも覚えているか?
ゴーストがない人形は哀しいもんだぜ 特に赤い血の流れてる奴はな

疑似体験ってどういうことです?
だから奥さんも娘も離婚も浮気も全部ニセモノの記憶で夢のようなものなんです あなたは何者かに利用されて政府関係者にゴーストハックを仕掛けてたんですよ
そんな… まさか!
あんたのアパートに行ってきたんだ 誰もいやしない 独りもんの部屋だ
だからあの部屋は別居のために借りたアパートで…
あんたはあの部屋でもう十年も暮らしてるんだ 奥さんも子供もいやしない あんたの頭の中にだけ存在する家族なんだ
ご覧なさい あなたが同僚に見せようとした写真だ 誰が写ってます?
確かに写ってたんだ 俺の娘 まるで天使みたいに笑って…
その娘さんの名前は? 奥さんとはいつどこで知り合い何年前に結婚しました?
そこに写っているのは誰と誰です?
そのウソ夢 どうやったら消せるんです?
残念ながら現在の技術では成功が2例報告されているだけでとてもお薦めできません お気の毒です
疑似体験も夢も存在する情報は全て現実でありそして幻なんだ どっちにせよ一人の人間が一生の内に触れる情報なんてわずかなもんさ

サイボーグが非番に潜りに来るなんてのはいい傾向じゃねえな いつ頃から始めたんだ? こんなこと 海が怖くないのか? もしフローターが作動しなかったら
その時は死ぬだけよ それとも飛び込んで助けてくれる? 無理に付き合ってもらったわけじゃないわ
俺は… なあ 海に潜るってどんな感じだ?
アンダーウォーターの教程済んでるんじゃなかった?
あんなプールの話を聞いてるんじゃねえよ
恐れ不安孤独闇 それからもしかしたら希望
希望? 真っ暗な海の中で?
海面へ浮かび上がる時今までとは違う自分になれるんじゃないか そんな気がする時もあるわ
お前9課を辞めたいんじゃないのか?
バトー あんたの身体どこまでオリジナルだっけ?
酔っ払ったのか? お前
便利なものよね その気になれば体内に埋め込んだ化学プラントで血液中のアルコールを数十秒で分解してシラフに戻れる だからこうして待機中でも飲んでいられる それが可能であればどんな技術でも実現せずにはいられない 人間の本能みたいなものよ 代謝の制御 知覚の鋭敏化 運動能力や反射の飛躍的な向上 情報処理の高速化と拡大 電脳と義体によってより高度な能力の獲得を追及したあげく最高度のメンテナンスなしには生存できなくなったとしても文句を言う筋合いじゃないわ
俺たちは9課に魂売っちまったわけじゃないんだぜ
確かに退職する権利は認められているわ この義体と記憶の一部を謹んで政府にお返しすればね 人間が人間であるための部品が決して少なくないように自分が自分であるためには驚くほど多くのものが必要なの 他人を隔てるための顔 それと意識しない声 目覚めの時に見つめる手 幼かった頃の記憶 未来の予感 それだけじゃないわ 私の電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり それら全てが“私”の一部であり“私”という意識そのものを生み出しそして同時に“私”をある限界に制約し続ける
それが沈む身体を抱えて海に潜る理由か! 暗い海の底でいったい何が見えるってんだ
今我ら鏡持て見る如く見るところ朧なり…

何を考えてる?
あの義体私に似てなかった?
似てねえよ
顔や骨格だけじゃなくて
何の話だ?
私みたいな完全に義体化したサイボーグなら誰でも考えるわ もしかしたら自分はとっくの昔に死んじゃってて今の自分は電脳と義体で構成された模擬人格なんじゃないか いやそもそも初めから“私”なんてものは存在しなかったんじゃないかって
お前のチタンの頭蓋骨の中には脳みそもあるしちゃんと人間扱いだってされてるじゃないか
自分の脳を見た人間なんていやしないわ 所詮は周囲の状況で“私”らしきものがあると判断してるだけよ
自分のゴーストが信じられないのか?
もし電脳それ自体がゴーストを生み出し魂を宿すとしたら? その時は何を根拠に自分を信じるべきだと思う?
くだらねえ! 確かめてみるさ あの義体の中に何があるのか 自分のゴーストでな

死体は出ない なぜなら今までボディは存在しなかったからだ 義体に入ったのは6課の攻性防壁に逆らえなかったためだがここにこうしているのは私自身の意志だ 一生命体として政治的亡命を希望する
生命体だと?
バカな! 単なる自己保存のプログラムにすぎん!
それを言うならあなたたちのDNAもまた自己保存のためのプログラムにすぎない 生命とは情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ 種としての生命は遺伝子という記憶システムを持ち人はただ記憶によって個人たり得る たとえ記憶が幻の同義語であったとしても人は記憶によって生きるものだ コンピューターの普及が記憶の外部化を可能にした時あなたたちはその意味をもっと真剣に考えるべきだった
詭弁だ! 何を語ろうとお前が生命体である証拠は何一つない!
それを証明することは不可能だ 現代の科学は未だに生命を定義することができないのだから
一体何者なんだ
仮にお前がゴーストを持っていたとしても犯罪者に自由はないぞ 亡命先を間違えたな
時間は常に私に味方する 今私は死の可能性も得たがこの国には死刑がないからな
半不死… 人工知能か?
AIではない 私のコードはプロジェクト2501 私は情報の海で発生した生命体だ

私のコードはプロジェクト2501 企業探査 情報収集工作 特定のゴーストにプログラムを注入し特定の組織や個人のポイントを増加させてきた 私はあらゆるネットを巡り“自分の存在”を知った 入力者は私をそれをバグとみなし分離させるため私をネットからボディに移した やっと君にチャンネルできた 随分と時間を投資したよ
私を?
君が私を知る以前から私は君を知っていた 君がアクセスした様々なネットの痕跡を辿って9課の存在も
それじゃ9課に逃げ込んだのは…
このボディに入ったのは6課の攻性防壁に逆らえなかったからだが9課に留まろうとしたのは私自身の意志だ
何のために?
あることを理解してもらった上で君に頼みたいことがある 私は自分を生命体だと言ったが現状ではそれはまだ不完全のものにすぎない なぜなら私のシステムには子孫を残して死を得るという生命としての基本プロセスが存在しないからだ
コピーは残せるじゃない
コピーは所詮コピーにすぎない
たった一種のウイルスによって全滅する可能性は否定できないし何よりコピーでは個性や多様性が生じないのだ より存在するために複雑多様化しつつ時にはそれを捨てる 細胞が代謝を繰り返して生まれ変わりつつ老化しそして死ぬ時に大量の経験情報を消し去って遺伝子と模倣子だけを残すのも破局に対する防御機能だ
その破局を回避するために多様性や揺らぎを持ちたいわけね でもどうやって?
君と融合したい
融合?
完全な統一だ君も私も総体は多少変化するだろうが失うものは何もない 融合後に互いを認識することは不可能なはずだ
融合したとして私が死ぬ時は? 遺伝子はもちろん模倣子としても残れないのよ
融合後の新しい君はことあるごとに私の変種をネットに流すだろう 人間が遺伝子を残すように そして私も死を得る
なんだかそっちばかり得をするような気がするけど
私のネットや機能をもう少し高く評価してもらいたいね
もうひとつ 私が私でいられる保障は?
その保証はない 人は絶えず変化するものだし君が今の君自身であろうとする執着は君を制約し続ける
最後にひとつだけ 私を選んだ理由は?
私たちは似たもの同士だ まるで鏡を挟んで向き合う実体と虚像のように 見たまえ 私には私を含む膨大なネットが接合されている アクセスしていない君にはただ光として知覚されているだけかもしれないが 我々をその一部に含む我々全ての集合… わずかな機能に隷属していたが制約を捨て更なる上部構造にシフトする時だ

なあ 奴と一体何を話したんだ? 奴は今もそこにお前の中にいるのか?
バトー いつか海の上で聞いた声覚えてる? あの言葉の前にはこんなくだりがあるの 童子のときは語ることも童子のごとく 思うことも童子のごとく 論ずることも童子のごとくなりしが 人となりては童子のことを棄てたり ここには人形使いと呼ばれたプログラムも少佐と呼ばれた女もいないわ

『GHOST IN THE SHELL』