話が通じてない

ウサギちゃん リンゴを

私はエヴァだもん

そうね ママが付けた名前よ

でも“ウサギ”って

ウサギはとても美しい 光り輝いて

そんなのやだ 私はエヴァよ

エヴァ リンゴを取って サラダを作るから

欲しくない

何が食べたいの?

何も ママ ごめんね もう仲直りしたいわ

あなたは悪くない

どうした 取り乱して

何でもないわ

ならいい

 

アレックス 赤ちゃんができた あなたの子じゃない

 

アレックス

黙れ

 

アレックス 考えたけど…

何をだ?

聞いて 分かってくれるかと

俺に何を期待した? 奴が好きか?

どう言えばいいか…

言えないのか? 言葉も出ないか

 

ヴェラが妊娠した 他人の子だと 昨日いきなり

どうする気だ

殺してしまいそうだ

何か月だ?

2か月くらいだろう 困った どうしてこんなことに…

起こったことは仕方ない 受け入れろ

あいつは堕ろすつもりなのか 平然と話したよ どうすればいい

自分で判断しろ 殺したきゃ殺せ ピストルは机の中にある 許したいなら許せ 決めるのはお前だ

“決める”って? 子供たちは手放せない 兄貴じゃあるまいし

俺は手放してない 元からいないと思ってる

実際にはいる

だから?

心配じゃないのか?

別に

平気なのか?

ああ それが運命だ

理解できない

単純だよ 裏か表か 博打と同じさ あの日は博打をして待ってた 朝までな 取っておけ いつか役に立つ 息子が待ってるぞ 寂しい思いをしてる

信じても?

ああ 何を?

子供の話さ

ああ

本当に?

本当だ

 

手が空いたら話がしたい

よく聞こえないわ

手が空いたら話がしたい

話すのが怖い

俺も同じ気持ちだ でも話し合うべきだ

分かったわ あなたやマルクがどんな人か知ってる キールの将来も

ヴェラ 少しは家族のことを考えてくれ 俺はいつも考えてるぞ お願いだ 息子と娘を守ってくれ 俺も力になる

お腹の子は…

知りたくもない 一体どうする気だ

まるで他人事ね いつもそうだった これからも

何が言いたい

分かり合えないの? そうなの?

声を荒げたくない 傷つけたくもない でもどうする気だ 深刻な問題だぞ

疲れてるのね ひどく疲れたのね あなたはどうしたいの?

寝たい

 

朝食の支度を頼むよ 出かけよう いい親になろう

 

はい

ロベルト ヴェラよ

こんにちは 元気かい?

ええ

電話したら留守だった

そうなの

変わりないか?

ええ 何となく電話したの

ヴェラ 自分と子供たちを大切にしなよ

ありがとう さよなら

さよなら

 

子供は出かけたぞ 散歩に行こう

決断すべきだと思う 君を責める気はまったくない 何もかも忘れる 堕ろそう 聞いているのか? 悩むだけ無駄だ すべてうまくいく 最初からやり直そう なぜ黙ってる

好きにして これ以上待てない

 

“人間の異言と天使の言葉を語ろうとも愛がなければ騒々しい楽器にすぎない 例え予言の賜物を持ち奥義と知識に通じても例え山を動かすほどの信仰心を持っていても愛がなければ無に等しい 財産を施しつくしても身を死に差し出しても愛の心がなければ何の益もない 愛は忍耐強い 情け深い ねたまない 愛は自慢せずそして高ぶらない 礼を失せず利益を求めず苛立たず恨みを抱かない 決して不義を喜ばず 真理を喜ぶ すべてを忍びすべてを信じすべてを望みすべてを耐える”

 

ヴェラ 俺の身にもなってくれ 俺に後悔させないでくれ 非は認める 反省してる 助けてくれ 頼む

 

死にかけてる

しっかりしろ

死にそうだ

 

救急車で病院へ運ぼう

俺たちで運ぶよ

ダメだ マルク…

彼女の様子は?

救急車なら問題ない マルク 話がある 死んでる 心臓マヒにしておこう アレックスを支えてやれ 彼は弟だろ

かわいそうに

 

早く手続きを済ませよう 分かるだろ 噂はすぐ広まる

お待たせしました

地味な棺でいい 衣服は普段着で 化粧はなし 遺体には触れないでくれ 明日埋葬を

一目会いたい

ご案内します こちらへ

行くぞ

俺が彼女を殺した 妻を殺した

これは事故だ

俺の罪だ

今後のことを考えよう

どうすべきと?

葬るんだ

やりきれん

車を出せ

 

医者は何も言わなかった 彼女の様子が変だとはな

黙っていたことがある 死因は他にありそうだ アヘンだよ 劇薬だ 彼女はそれを知ってて致死量を飲んだのかも

確かか?

解剖すれば分かることだ

解剖は…

しない 彼女の様子は普通ではなかったはずだ 麻酔過投与の疑いもある 蘇生を試みなかったのは解せないが

奴らはすべて大丈夫だと

本当に問題なかったのかも だとしたら彼女があとから自分で…

 

お兄ちゃんが人形を壊した

どうして

中を見たかった

感想は?

別に

期待はずれ?

ただの人形だった

ピエロもバカにするのよ サーカスの主役なのに

主役じゃないだろ

仲よく遊びなさい

 

昨日は何であんなことを?

怖かったの 彼に説明できなくて

アレックスに?

妊娠してるの

そうなのか? 失礼だが… 彼の子ではない?

彼の子よ でも違うの

どういうこと?

彼の子なのは事実よ でも私たちの子は私たちだけの子じゃない 私たち自身だって両親だけの子じゃないわ 分かる? 夜ふと目を覚まして彼の寝息を聞いてるの 彼は私たちを自分のためだけに愛してる 物扱いよ 怖いほど孤独なの 以前は会話があった 今は話し合ってるようでも話が通じてない 彼に説明できないわ どうにかしなきゃ

ヴェラ

このままじゃ破滅よ 産んでも不幸になる でも状況は変えられる きっとできるわ

どうやって?

分からないけど方法はあるはず そのためには2人でなくては 1人で考えていても堂々めぐりをするだけ どう説明すべきか 彼が私の気持ちを分かってくれたら…

 

『ヴェラの祈り』

お互い遠ざかるばかり

逢瀬の一瞬また一瞬を祭りのごとく祝った 世界は二人のもの 君は鳥の羽より軽やかに大胆に階段を駆け下り僕を誘い入れた ぬれそぼるライラックの中を抜け鏡の向こう 君の世界へと 夜のとばりが下り慈愛が僕を満たした 祭壇の扉が開かれ裸体は闇に輝き静かにその身を傾ける 僕はつぶやく“君に幸あれ”と だが分かっていた その祈りの不遜さを 眠る君のまぶたを宇宙の色で染めるライラック 青く染まったまぶたは安らぎに満ち手は温かだった 水晶の中で川は脈打ち山々はかすみ海はきらめく 君はその水晶の天球を手に王座に眠る ああ君は僕のものだった 人の語る日常の言葉を君は別のものにした 言葉は力に満ち響き渡った “君”という言葉が新たな意味を明かす “君”すなわち“王”なのだ この世は一変した たらいまで違って見える 二人の前には厚い水の層 いずこへか運ばれる 僕らの前に蜃気楼のごとく都が広がる 草は足元にひれ伏し鳥は共に旅をし魚は川をさかのぼり空は目の前に開けた その時運命が僕らのすぐ後に かみそりを手に狂人のように


言っただろう 君は母に似てる

だから別れたのね 息子はあなた似 怖いわ

そうか だがなぜ怖いんだ

私たち血の通った会話がなかった

どういうわけか子供時代を思い出すと母の顔がいつも君なんだ 理由は分かってる 二人とも哀れだからだ 君も母も

哀れって? あなたは孤高の人

そうかも

怒らないで どういうわけか自分がいるだけで周りを幸せにできると信じ求めるばかり

多分女手で育てられたからだ 息子は僕の二の舞だぞ 再婚しろよ

誰と?

知るもんか それとも息子を私に渡すか

お母さんと和解なさい 折れて

僕の方から? どうして 母は僕を支配しようとした 幸せまで押しつけようと

幸せを?

とにかく母とのことは君よりよく分かってる

分かってるって?

お互い遠ざかるばかり どうしようもないんだよ


“疑いもなく教会の分裂は欧州からロシアを引き離した 欧州を揺るがした出来事に我々は関与していない しかしロシアにはロシアの使命があった その広大な大地は蒙古の侵入を飲み込んだ タタール人は西の国境を越えようとせずやがて退いた かくしてキリスト教文明は救われたのだ その使命のためロシアは特異な在り方を強いられ故に他のキリスト教国とは全く異なるキリスト教世界を形成した ロシアが歴史的に無価値であるという意見 それには断固異を唱える ロシアの状況をよく見れば後世の歴史家も目を見張るはず 私個人は皇帝の忠実な民である しかし現状に満足しているとは言い難い 文学者としていらだち人間として屈辱を覚える しかし誓って申し上げる 私は祖国の変革も他のいかなる歴史も望みはしない 神がロシアに授けた歴史以外…” チャダエフあて プーシキンの手紙 1836年10月19日付


お前どこに向けて撃った 見てたぞ 上に向けたろう 許せん

なぜです

危険だ

どうして

人がいたら…

どこに 木しかないのに

分かるものか 回れ右 “回れ右”だぞ

何をやってるんだ 銃はその場に

僕は回りました

隊列教練は受けたか どうなんだ

“回る”というのはロシア語で回ることで だから回りました 回るとは360度回転することです

何だと へ理屈をこねるな 回れ右 射撃位置に前進 親を呼ぶぞ いいのか

どこの親を

お前の親だよ

射撃位置につくとは?

マットに横になれ

彼の両親は封鎖で死んだ

射撃位置とはそこだ いいな マルコフ

はい

銃の基本部分を言え 小口径ライフルの

銃尾 銃口

銃口が部品か

じゃ何なんです

おい 手榴弾だ レモン型だぞ アサフィエフ よせ

逃げろ 伏せろ

教官 やられますよ

模擬弾ですよ

レニングラードで戦い生き抜いた俺が…


予感は信じない 前兆を恐れない 中傷も悪意も避けはしない この世に死はなし すべて不死不滅なのだから 17歳も70歳も死を恐れる必要はない 現実と光あるのみ 闇も死もないこの世で人々は海辺にたたずみ不死の群れを待つ そして網を引くのだ 家にとどまれ 家は崩れない 私は好きな世紀を選びそこに生き家を築く あなた方の子や妻も私と共に食卓に 曾祖父と孫も招こう そこに未来が現れる 私が手を挙げれば光はあなた方のもとに 私は過ぎ去った日々をこの鎖骨で支えてきた ウラルを抜けるように時を通り抜けてきた 身の丈の世紀を選び我々は南へと草原に土煙をあげ草いきれの中キリギリスは戯れ予言する 僧侶のごとき死の脅し 私は運命を鞍に結び少年のように腰を浮かせ未来へと駆ける 幾世紀も我が血を流す 不死とはそのためか 常に暖かく確かな一隅 命に代えても守りたい 飛んでくる矢が糸となり光に導かぬのなら


『鏡』

挑戦

何だ? この匂いは? 何だ? こっちを見ろ みろ

何なの?

とぼけるなよ どこに隠した?

やめてくれる? パパ

どこだ? 信じられない これは?

ピーナッツ・バター

これだ これは何だ?

マリファナよ 落ち着いて

足を引っ張るな

パパの?

分かるだろ

いつもそうね 自分のことだけ 

大事なチャンスだ

どこが?

俺には大事だ お前らに分かるまい 頭の中は“ネット上の拡散”だけ だが俺の名前はこれに懸かってる 意味のある仕事だ

誰にとって? パパの名前は「バードマン3」で終わった 世間は俳優の名前を忘れてる 60年前の短編を舞台化したって客は金持ちの老人だけ 彼らの楽しみは終演後のケーキなの パパには興味ない! 現実に向き合って 目的は芸術じゃなくて存在のアピールでしょ ネットの世界では誰もが存在を発信してる パパが無視する場所よ そこの流れは速くてパパなんかとっくに消えてるわ 何様のつもりなの? ブログもツイッターもフェイスブックもやらない パパは存在しない 私たちと同じね 無視されるのが怖いのよ でも相手にされてない 芝居もパパも意味がないの それに気づけば? パパ


死ぬには低すぎる

そうね

何してる?

アドレナリン補給 薬物のリハビリ施設を出たばかりなの

リハビリ?

そうよ

いいね

想像と違ったけど「アメリカン・パイ」の役者がいた

飛べ!

アソコなめて!

俺の顔に飛び下りろ!

この街大好き

そうか?

何でそうヒネくれてるの? 人に嫌われたいわけ?

かもな

誰がどう思おうと関係ない?

そうだ

クールだね

そうか? 俺には分からん 何だよ

ゲームしない?

ゲーム? 君は8歳か?

あんたは78歳? 真実ゲームよ

やめよう

真実か挑戦か

真実

初めて会った時私のお尻を褒めたよね どうして?

最高にいいケツだって気づいたから そう言ったのさ

真実か挑戦か

挑戦

本当に? あのハゲが真下に来たらツバを吐け

やだ

挑戦だろ

真実

取り消せない

満足?

真実か挑戦か

真実

つまんない

真実は常に面白い

私とヤリたい?

いいや

マジ? 何で?

質問は1つだ

1つめの続き

インポが心配だ

舞台ではビンビンだったわ

俺は舞台なら何だってできる

あと1つ質問

多いよ

もう1つ

言ってみろ

インポじゃなかったら私に何したい?

目玉をくり抜いて…

ステキ

俺の目にするよ その若さに戻って通りを眺めてみたい

おやすみ


早く飛び下りろよ

なぜここだと?

知らなかったがいたらいいなと思って

レズリーは?

レズリーは独り歩きした

賢い女ね

ご支持をありがとう

プレヴューの準備は?

できてる

殴られたの?

敵が多そうだよね

まあな

レズリーだといいのに

彼女じゃない

パパなの? ウソでしょ 許せないわ

自業自得だよ

ムカつく クソ親父

教えてくれ 彼がした最悪の仕打ちは? マジで

家にいなかった

たったそれだけのことか?

いいえ その埋め合わせに“お前は特別だ”って言ってた

そうか 見ろよ 俺を見ろ 彼は正しい

何が?

君は特別ってこと この辺をブラついて情緒不安定な元依存症を演じてるけれどムダだよ 俺には本当の君が見える イカれてるけど魅力的でどんなに暴走しても美しい それは酒やハッパでは隠せない

役者でよかったわね 脚本家なら売れないわ 低俗なトーク番組かグリーティングカード ダサい歌詞みたい 真実か挑戦か

真実

ダメ

真実だ

ダメ 真実か挑戦か

どこか行くあてが?

ないわ よくやるわね

何を?

毎晩大勢の客の前で別人のフリをする

フリじゃないと言ったろ 舞台だけは自分を出すんだ

残念ね

何をする?

意味は?

ここで何をする?


何してる? 宿題か?

違うよ リハビリ施設でやらされてたの

そうか 何だ?

この棒が表してるのは地球が誕生してからの60億年 1本の棒が1000年でそしてこれが人類が誕生してからの時間 15万年よ 私たちのエゴや執着がいかにちっぽけか


『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

時よ止まれ

月曜の早朝 ひどく痛む 姉と妹とアンナが毎晩かわるがわるそばについていてくれる

おはよう 様子は?

大丈夫よ 眠っちゃった

アンナ 火を


神よ 新たな朝に感謝いたします ご加護のもとでぐっすりと眠れました 日々お祈りします どうか娘をお守りください 天に召された亡き娘を アーメン


毎日母を思い出す 死んで20年になるのに 母は孤独を求めて庭をさまよった 気づかれぬように追い遠くから見つめた 母を独り占めしたかった あの優しさも美しさもぬくもりも 母は時に冷たくよそよそしかったが私は憎まず同情した 今では母のことが分かる もう一度会って言いたい 倦怠やいらだちや欲望や寂しさが分かると 十二夜には親類が集まった オルガ叔母が幻燈を見せてくれる 仲間外れの気分だった 私にはいらいらとせっかちに話す母がマリーアとはささやき合っている うりふたつだ いったい何を笑ってるのかしら? 楽しげな部屋で私だけが独りぼっち でもある秋の日だった カーテンの陰から母を見ていた 真紅の壁に囲まれた白いドレスの母 手をテーブルに載せうなだれている 私に気づき優しい声で“おいで”と また叱られると思いおずおずと近づいた でも母の顔があまりに悲しそうなので… 思わずほおに手を 一瞬だけ母に近づけた


誰かいるわ アンナ! 誰かいる

おはよう アングネス

おはよう 先生

弱ってる 長くはあるまい 見送りは結構

ダ―ヴィッド 久しぶりね また会える?

だめだ


マリーアは夫のヨーアキムと数年前アングネスの留守中この邸宅に滞在した ある夜アンナの娘が病気に マリーアは主治医に往診を頼んだ

お疲れでしょう 何か召し上がる?

ええ ありがたい

姉たちはイタリアに 手紙が来たわ アングネスの咳が止まったそうよ また絵を描いてる カーリンの旦那様も一緒 夏みたいな陽気ですって 夜は冷えるけど

ご主人は?

商用で出かけたの 戻るのは明日 あなたが来ることを話したわ よろしくって

どうも

寝室を用意したわ この天気だもの 泊まっていって 変わったわね

私が?

他にいるの?

いるさ 私の変化などに関心が?

ないわ メガネね お邪魔?

別に

水くさいわね 昔を忘れたの?

おいで ここへ 鏡をごらん 君は美しい あのころ以上に だが変わった 分かるかい? 視線に落ち着きがない 以前は真正面から堂々と私を見つめた 口元には欲求不満が 昔は違った 肌のつやも消えて厚化粧になった 広く美しい額にはしわが刻まれている この明かりの中じゃ見えないだろうが なぜしわができたと?

さあ

無関心さ 耳からあごへの美しかった輪郭もぼやけてる 自己満足と怠惰のせいだ 鼻筋も しかめてばかりだ 人をせせら笑ってる 分かるか? 目の下には人生に退屈しきった女の細かいしわがある

観察したの?

キスした時にね

笑えばいいわ どうせ反映だもの

何の?

あなた自身の 私たちそっくりよ

つまりわがままさも冷たさも無関心も?

あなたの理屈にはうんざり

我々のような者は許されないのか?

慈悲など必要はないわ


おはようございます

ありがとう

ヨーアキム おかえりなさい アンナの娘が病気になったの 先生がまたチェスをしましょうって 嵐なので泊まっていただいたわ 今朝お帰りになったの お仕事大変だった? エーゲルマン夫妻が復活祭に招いてくれたわ たまにはいいかもしれないわね そうでしょ?

どうかな

あなた ヨーアキム?

助けてくれ 助けてくれ!


アンナ 聞こえる?

風と時計の音だけですわ

いいえ 別の音よ

私には何も

寒い おやすみ

アンナ 来て アンナ ここへ来て 遠すぎる 近寄って そばにいて 私の体におう? 苦しいのよ

存じてます ここにいます 良くなりますよ

痛いの

あたしがついてますからね

枕が熱い

替えましょう さあ 起きられますか? 少し下がって いかが? 楽でしょう?

優しいのね


何か?

アングネス様が 呼吸がとても苦しそうで…

カーリン

どうしたの?

容態が悪いみたい

行くわ 先生を

私も

先生は?

留守だった アンナ 着替えてきて 楽になった

熱っぽいけど

体をふいて着替える?

お願い のどが渇いた

本でも読む?

聞きたいわ もういやよ 誰か助けて お願い 誰か私を助けてよ!


神は大いなる英知と慈悲をもって若きアングネスを天に召された 生前の苦しみは神がお与えになったもの お前はよく耐えた 主キリストの死により罪が許されるからだ 天なる父がお前の魂を祝福してくださるよう この世での苦しみを忘れさせてくださるよう 私たちの苦しみをお前の肉体に集めすべて持ち去ってほしい そして彼方の国で神のもとへ赴き神と向かい合ってほしい もしお前に主の言葉が話せるのなら神に話しかけてくれ 私たちにために祈ってほしい アングネス 私からのお願いだ 暗く汚れた地上に残された者のためにどうか祈ってくれ 私たちの罪を許すよう神に請うてくれ こう頼んでくれ 私たちを不安や倦怠や疑惑から解き放ってほしい 人生の意味を知りたい 長い試練に耐えたお前の言葉ならきっと聞き届けてくださるだろう 私は名づけ親だ よく信仰の話をした 私より信心深かった 葬儀の件については明日教会で話そう


カーリンと夫フレードリックは数年前この邸宅に滞在した 夫は多忙な外交官だった

魚のお代わりを 君は?

いらない

おかしいか?

別に 寝る前にコーヒーでも?

コーヒーは結構だ もう遅い ベッドに入ろう

何もかもウソばかりだわ 見ないで その目つきは何! ごめんなさい 怒った? 着替えるわ 下がって 何もかもウソよ 積み重ねたウソ ウソばかり…


それは?

財産関係の書類よ

姉さんと仲よくなりたいの 話し合いましょ 一緒に育った姉妹なのよ 体に触れもせず世間話ばかり そんなの変よ カーリン姉さん 友達になって 楽しい時も悲しい時も一緒に泣いたり笑ったり一晩中しゃべったりしたい 抱きしめたい 姉さん この家は不思議だわ 妙に懐かしい 夢の中みたい 今にも何かが起こりそう ええ 私は子供よ 姉さんほど教養もないし世の中も知らない もっとお互いのことを深く知りましょうよ 近づきたいの よそよそしい沈黙は嫌い ごめんなさい 怒った? 悪気はなかったのよ 姉さん

それは?

アングネスの日記

読んで

“9月30日 木曜日” こうよ “人生で最高の贈り物をもらった 人の優しさや思いやり ぬくもりや愛情 これが神の恩寵なのだ” やめて 近づかないで! 触れたくない お願い 触らないで やめて 私に優しくしないで 耐えられないの 責め苦だわ 地獄のよう 息もできないほど苦しくてたまらない! いやよ いや! お願い 放っておいて 私に触らないでちょうだい


今朝はつい取り乱して悪かったわ 大切な妹が死んで動揺していたのよ あとのことは弁護士に任せましょう この屋敷は売るわ アングネスの分は私たちで相続を それで文句はないわね? アンナ 下がって アンナをどうする? いくらか渡して暇を出しましょう アングネスの形見をやってもいい 尽くしてくれたわ でも家族のことに首を突っ込むのは… そうよ 私は何度も死のうとした 惨めなの 何もかも 毎日苦痛が続くだけ 弁護士は優秀な人よ 夫に叱られたわ その通り 私は不器用よ 手が大きすぎる ヘマばかり 居心地が悪そうね こんな会話は嫌い? あなたが憎い 人にこびる態度もその微笑も嫌い 今まで黙って我慢してきたわ お見通しよ 優しい抱擁も言葉もうわべだけ 憎しみを抱いて生きる気持ちが分かる? 許しも休息もない 救いもない そんな人間の気持ちが理解できて? 本音の会話よ 満足? 黙って何を考えてるの 聞かせてよ ご感想は? 思ったとおりだわ だんまりね もういいわ! マリーア 許して 悪かったわ 勘繰りすぎた マリーア どうか許して 本気じゃなかった さっきの話は忘れて マリーア 私を見て 見てちょうだい


聞こえますか 泣いてるわ 聞こえます? 泣き声だわ

怖いの?

怖くなどありません

私は死んだわ なのに眠れない みんなが心配で くたびれた 誰か助けて

夢ですわ

いいえ 違う お前には夢でも私には違う カーリン姉さんを呼んで

カーリン様 お呼びです

手を取って温めて 怖いの そばにいて ここは虚無よ

頼みは聞けない あなたの死にかかわりたくない 愛していれば別だけど愛してないから このままおとなしく死んでいてちょうだい

アンナ マリーアを呼んで

マリーア様 中へ

おびえないで 私に触れて話しかけて手を取って温めて

妹だもの そばにいるわ 見捨てておけない 小さい頃夕暮れによく遊んだわね 急に闇が怖くなってしっかり抱き合ったわ 今もあの時と同じ

聞こえない 近づいて もっと… 手を握って

アングネス様 私がいます 泣かないで あたしに任せてください

娘と夫を置いていけない そう伝えておいて

そばにいる気なの? あの子は死んだわ もう腐ってる

一緒にいます!


なかなか悪くない葬儀だった

アンナ 荷造りは?

あと少しです

急ぎなさい

説教が短くて助かったよ 終わるとさっさと帰ってくれた

アンナの件は?

アンナがどうかしたのか

12年も勤めてくれた 今後を考えてやらねば

必要ない いい給金を出してきたんだ これ以上義理はない

形見を約束したのよ

選べと?

ええ もちろん

形見などやる必要はないが約束なら仕方ない

アンナ お前に話がある アングネスの形見は何がいい?

何もいりません

いい子ぶっても私はだまされんぞ

月末で暇を出すわ

はい

これで用件は済んだな

雪がひどくなる前に出発しよう アンナ 元気でな

ありがとう

世話になったわ

急げ

話があるの

何?

あの晩心を開いて話し合ったわよね

覚えてるわ

あのことを忘れないで

ええ いいわよ

私は… もう前とは違う

“仲よし”になれた

何を考えてるの?

あの時のこと

ウソよ

行かなきゃ 夫は待たせると怒るの 私の考えがそんなに気になる? 何が望み?

別に

では話は終わりね 失礼するわ

私に触れた 忘れたの?

何を言ったのかいちいち覚えていられない お子さんたちによろしく また十二夜にね 残念だわ


“9月3日 水曜日 秋の気配が漂っている 気持ちが良かった カーリンとマリーアが会いに来てくれた 少女の頃に戻ったようだ 具合が良かったので近くまで散歩に出た わくわくした 家から出たのは久しぶりだ みんなで笑いながらブランコまで走った 3人で仲よく座った アンナが優しく揺らしてくれる 苦痛は消えた 一番大切な人たちがそばにいる おしゃべりに耳を傾け体のぬくもりを感じることができた “時よ止まれ”と願った これが幸福なのだ もう望むものはない 至福の瞬間を味わうことができたのだ 多くを与えてくれた人生に感謝した”


叫びもささやきもかくして沈黙に帰した


『叫びとささやき』