Texts


擬人化した写真(毎週月曜更新)

 

写真の人となり:

 

写真にとって人間は生き物ではない。
土人やら奴隷やら虫けらと見下される。
人間は家畜や昆虫や石ころに対しても優先権を主張できない。
写真によって皆等しく差別されて生気を失い印画紙に焼き付けられる。
あの人はなぜ死ななければならなかったのか。あの人はどんな人生を歩んだのか。
そうした言葉や物語は人間が勝手にでっちあげたものである。
写真は人間の考えた善悪を越えた完璧で純粋で明確で一切迷いが無く良心や後悔などに影響されることのないシステムであり単に対象を蹂躙する事こそが彼の生きがいである。

 


決定的な匿名性

人々は至るところにいた。多くはカメラを抱えていた。

「腕に磨きをかけたな」とテリーは言った。

「そんなところさ」

「状況が変わりつつあるんだ。注目を浴び、テレビが放送し、新米たちが押し寄せる。すぐにすたれるけどな」

「そいつはいい」

「そいつはいい」とテリーは言った。

「俺たちはポーカープレーヤーだ」

彼らは滝の近くのラウンジに、飲み物と軽食をもって座っていた。テリー・チェンは裸足にホテルのスリッパをはいている。灰皿のタバコが燃え続けているのを意にも介していない。

「秘密裏に行われているゲームがあるんだ、プライベートなゲーム。賭け金が高くて、選ばれた都市だけで行われている。これって、禁じられた宗教が再び湧き起っているみたいなんだよ。五札のスタッドポーカーとドローポーカー」

「俺たちの昔のゲームだな」

「ゲームが二つあるんだ。フェニックスとダラス。ダラスのあの地区って、何ていったっけ?上流階級の地区」

「ハイランドパーク」

「上流階級の人たち、お年寄りたち、コミュニティのリーダーたち。ゲームを知り、ゲームを尊重している」

「五札のスタッドポーカー」

「スタッドポーカーとドローポーカー」

「きみは腕利きだよ。でかい勝負に勝てる」とキースは言った。

「俺はやつらの魂を思いのままにできるんだ」とテリーは言った。

群衆はラウンジを動き回っていた。メリーゴーラウンドにも似た、開かれた空間。ホテルの客たち、ギャンブラーたち、観光客たち。レストランや豪華な店、アートギャラリーなどに向かう人々。

「あの頃、タバコ吸ってたっけ?俺たちがポーカーをしていた頃」

「わからないな。教えてくれよ」とテリーは言った。

「きみだけが吸わなかった気がするな。何人か葉巻を吸うやつがいて、ひとりタバコを吸っていた。それはきみじゃなかったと思うんだ」

ときどき、他と隔絶した瞬間が訪れた。ここに座っていながら、テリー・チェンがキースのアパートでテーブルに向かっているように思われる瞬間。ハイローポーカーの後、巧みな技で素早くチップを分けている。彼は彼らの一員であり、ただポーカーがうまいというだけだったが、本当には彼らの一員ではなかった。

「俺のテーブルにいた男、見たか?」

「外科手術用のマスクをした男」

「大勝ちしていたよ」とテリーは言った。

「あれが広がっていくのが目に見えるようだな」

「マスクのことか。そうだな」

「一日に三人か四人ずつ、手術用マスクをした連中が現れる」

「その理由は誰も知らない」

「それから十人増え、さらに十人増える。どんどん増えていくんだ、中国の自転車乗りみたいに」

「何でもいいけど」とテリーは言った。「まさにその通りだな」

彼らは相手の思考のルートを綱渡りのようにかろうじて追っていた。彼らのまわりには、言葉にはならない騒音が響いていた。空気中に、壁に、家具に、動いている男女の体に、あまりに深く根づいているため、無音の状態とほとんど区別できないほどだった。

「日常からの離脱だよ。やつらは年代物のバーボンを飲み、妻たちをどこか別の部屋に待たせている」

「ダラスの話だな」

「そうだ」

「俺にはわからないよ」

「ロサンゼルスで始まったゲームがあるんだ。同じだよ、スタッドポーカーとドローポーカー。若い連中さ。潜伏していた初期キリスト教徒みたい。考えてみろよ」

「わからないよ。そういう集団の中で二晩も過ごせるかどうか自信がない」

「あれはラムジーだったと思うな」とテリーは言った。「タバコを吸っていた唯一の男」

キースは四十メートル近く離れたところにある、滝をじっと見つめた。そして気がついた。彼はこれが本物なのか模造なのかわからないのだ。水の流れはまったく波立っていないし、水が落ちる音はデジタルで簡単に作れる―滝自体もそうだ。

「ラムジーは葉巻だよ」

「ラムジーは葉巻。たぶん君の言う通りだな」

テリーのマナーはいい加減だったし、服は体に合っていなかった。ホテルの奥深いロビーや、周縁に広がるショッピングアーケードに入ると、彼は完全に人々の中に埋もれてしまう。にもかかわらず、テリーはこの生活にきっちりとはまっていた。ここには対応の法則性がなかった。あることが別のことによってバランスを取っていない。ひとつの要素を、別の要素を通してみるというようなことがない。すべてがひとつのことなのだ。どんな場面であれ―どんな都市のどんな賞金であれ。これこそが要点だ、とキースは見て取った。彼はこちらの方が好きだった。気楽な冗談を言い合ったり、妻たちが花を活けたりしているプライベートなゲームよりも。その形態がテリーの虚栄心にアピールしたのだろうが―とキースは考えた―それは、こちらでの日々のような決定的な匿名性には匹敵しないのだ。物語がまったく付着されていない、無数の人生がまじりあうこと。

「あの滝を見たかい?あれを見て、自分は水を見ているって確信できるか?本物の水だって?特殊撮影によるものではなく」

「考えたことがなかったな。それは、俺たちが考えるべきことじゃないんだよ」とテリーは言った。

彼のタバコはフィルターのところまで短くなっていた。

「俺はミッドタウンで働いていた。みんなが感じたような衝撃は経験しなかったんだよ。あそこで、きみがいたようなところでの衝撃はね」と彼は言った。「こういう話を聞いた。誰かが話してくれたんだ。ラムジーの母親がさ。何だったっけ?靴だ。靴を持って行ったっていうんだよ。ラムジーの靴の片方と、かみそりの刃をね。やつのアパートに行って、そうしたものを手に入れて―髪や肌の欠片みたいな、遺伝子の情報が含まれていそうなものは、何でもかんでも持ち出したんだ。それをDNA鑑定のために持って行ったんだけど、そこには兵器庫があったってさ」

キースは滝を見つめていた。

「お母さんは一日か二日後にまたそこに行った。誰がこの話をしてくれたんだっけな?また何かを持って行ったんだ。歯ブラシだか何だか。それからまたそこに行った。また別のものを持って行った。それからまた行った。そうしたらやつらは場所を移転していたって。それでお母さんは行かなくなったんだ」

テリー・チェンは―かつてのテリーは―こんなに話好きではなかった。優秀な者には自制心が必要であり、短い話をすることさえ、そこから逸脱するものだと考えていた。

「前にはそういう話をしていたんだ。あのときどこにいたのかって話になるだろ。どこで働いてたのかって。俺はミッドタウンて言う。その言葉はすごく無防備なんだよ。どこでもないみたいなんだ。聞いた話じゃ、ラムジーは窓から飛び降りたんだってな」

キースは滝の中をじっと見つめた。これは、目を閉じるよりずっといい。目を閉じたら、何か見えてしまうから。

「きみは法律事務所の仕事に戻ったんだよな、しばらく前に。そういう話をした覚えがある」

「違う会社だよ。法律事務所じゃない」

「何でもいいさ」とテリーは言った。

「まさにそれだな。何でもいいんだ」

「でも、俺たちはここにいて、この狂乱が終わるまでずっとここに残るんだ」

「きみはまだオンラインでプレーしているのか」

「ああ、やってる。やめられないんだ。俺たちはずっとここに残る」

「あの手術用マスクの男も」

「そうだな、やつも残る」

「それから瞬きする女も」

「俺は瞬きする女って見たことないんだ」とテリーは言った。

「いつか話しかけようと思って」

「きみは小人を見たか」

「一度だけね。それからいなくなった」

「あの小人はカーロって名前なんだ。すごい負けっぷりだったよ。名前を知っているプレーヤーはあれだけだな、きみを除けば。どうして名前を知ったかっていうと、小人だからだ。それ以外には、名前を知る理由はない」

彼らの後ろでは、スロットマシーンの大群がゴボゴボと音を立てていた。

 

『墜ちてゆく男』

このゲームの外には何もなく

ダウンタウンの古いカジノにあるレース&スポーツのコーナーでは、五列の長いテーブルが階段状に並べられていた。彼は最上段の一番奥のテーブルの端に、正面に向かって座った。正面の壁の情報にはスクリーンが五つあり、地球上のさまざまな時間帯における競馬レースを映し出している。彼のすぐ下のテーブルでは、男がペーパーバックを読んでおり、持っているタバコの火が手まで焦がしそうになっていた。向かい側の一番下のテーブルには、フードつきのトレーナーを着た大柄な女が新聞の列の前に座っていた。その人物が女だとわかったのは、フードをかぶっていなかったからだが、どちらにしろ身振りや姿勢によってわかっただろう。彼女が新聞を前に広げ、両手で新聞を撫でつけたり、読まないページを邪魔にならないようにつついたりする仕草から―薄暗い灯りと立ち込める煙の中で。

カジノは彼の後ろの両側に広がっていた。何エーカーものけばけばしいスロットマシーンの列。そのほとんどの機械が今は人間の脈拍を感じていない。彼はそれでも、自分が取り囲まれているように感じた。薄暗い光と低い天井、そしてどんよりと淀む煙に閉じ込められている。肌に付着する煙。ここ何十年間の客たちと、その営みの痕跡を含んでいる煙。

午前八時だったが、それに気づいているのは彼しかいなかった。隣のテーブルの向こう端に目をやると、そこには白髪をポニーテールにした老人が座っていた。椅子のひじ掛けから身を乗り出し、レース中盤の馬たちを見つめている。その心配そうな体のひねり方は、彼の金が危険に晒されていることを示していた。それ以外、彼はまったく動かない。身を乗り出す姿勢がすべてであり、それから競馬場のアナウンサーの声が聞こえてきた。矢継ぎ早にしゃべる、静かな興奮の声―「ヤンキーギャルがインコーナーから出て来ました」

このテーブルにはほかに誰もいなかった。レースが終わり、別のレースが始まった。あるいは、同じレースがひとつかそれ以上のスクリーンでドタバタした動きがあった―低階層にあるレジ係窓口の上の窪みに設置されたスクリーン彼は、すぐ下で本を読んでいる男に目をやり、男の手の中のタバコが燃え尽きていくのを眺めていた。彼はまた時計を見た。時間と曜日はわかっている。いつになったら、こういう些末なデータを意識しなくてもよくなるのだろう―そんなことを彼は考えていた。

ポニーテールの男を立ち上がり、レースが最終コーナーに差しかかったところで出て行った。新聞を細く丸め、それで腿を叩きながら。この建物全体が自暴自棄な匂いを漂わせている。しばらくしてキースも立ち上がり、ポーカーの部屋に歩いて行った。そこでチップを買い、席について、いわゆるトーナメントが始まるのを待った。

人が座っているテーブルを三つだけだった。彼はホールデムのゲームを約七十七回繰り返すうちに、そのすべてに生命を感じるようになっていた。自分にとってではなく、他の者たちにとって―意味を掘り進んだ末に見えた小さな出口。彼はテーブルの向かいに座って、瞬きを繰り返している女を見つめた。痩せて、皴があり、顔はよく見えない女。すぐそこに、一・五メートル離れたところにいて髪は白くなりかかっている。彼は彼女が誰だろうとは考えなかった。あるいは、ポーカーが終わったらどこに行くのだろうか、どんな種類の部屋に戻るのだろうか、どんなことを考えるのだろうか、などとは。考え始めたらきりがない。要はそういうことなのだ。このゲームの外には何もなく、色褪せた空間があるだけ。彼女は瞬きをし、コールし、瞬きをし、降りた。

遠くのカジノでは、アナウンサーのくぐもった声がリプレーで響いていた―「ヤンキーギャルがインコーナーから出て来ました」

 

『墜ちてゆく男』

逆進化

彼女は百から七ずつ引いていくという計算をした。それをすると、気分がよくなるのだ。ときどき間違えることもあった。奇数が曲者だ。デコボコ道に突き当たるように、二で割り切れる数の滑らかな流れに抵抗してくる。だからこそ、医師たちは彼女に七ずつ下がっていく計算をやらせたのだ―簡単すぎないように。だいたいのときは一桁の数までつまずかずに行けた。もっとも危なっかしい部分は二十三から十六だった。彼女は十七と言いたくなった。いつでも三十七から三十、二十三、そして十七と言ってしまいそうになる。奇数が自己主張する。医療施設では、医師が間違いに微笑むこともあったし、気づかないときもあった。あるいは、テスト結果のプリントアウトを見ていた。彼女は記憶の欠如に悩まされた―これは家系に深く関わる。しかし、元気でもあった。年齢のわりに脳は正常。四十一歳で、MRIに映し出された範囲内でだが、すべたが普通のように思われた。心室は普通、脳幹と小脳も、頭骨の基部も、海面静脈洞の付近も、下垂体も。すべて普通だった。

彼女はテストや検査を受けた。MRIを受け、心理測定を受け、単語の組み合わせテストをやり、思い出を語り、神経集中し、壁から壁まで真っ直ぐに歩いた。そして、百から七ずつ引いていくという計算をした。

それをすると、気分がよくなった。百からカウントダウンすること。彼女はそれを日常の流れの中でときどき行った。通りを歩きながら、あるいはタクシーの乗りながら。これは歌詞を書くのと同じようなものだった。主観的で、韻は踏んでいなくて、少し歌のようだが、厳密さも具えている。固定した秩序をもつ伝統―ただし、逆に向かうものだが。別種の反転の存在を試すこと。それを医師はいみじくも「逆進化」と名づけた。

 

『墜ちてゆく男』

ほかの人たちなんていないんだ

アミルはメッカに巡礼し、ハッジ(メッカ巡礼を済ませたイスラム教)になった―義務を果し、葬式の祈りであるサラト・アル・ジャナザを唱えた。これは、旅の途中で死んだ者たちとの絆を示すものだ。ハマドは取り残されたようには感じなかった。いずれまた別種の義務を果すことになるのだ。書物に書かれていない義務を果し、皆で一緒に殉教者になる。

しかし、一目置かれるためには、自分自身を殺さなければならないのだろうか?一廉の者となり、道を見出すためには?

ハマドはそのことを考えた。そしてアミルが言ったことを思い出した。アミルは明晰な思考をする。一直線の思考。真っ直ぐに、体系的に考える。

アミルは彼に顔を近づけてしゃべった。

俺たちの人生はあらかじめ決められているんだ。俺たちは生まれたその瞬間から、その日に向かって流されている。俺たちがこれからすることを妨げる神聖な法律は何もない。これは自殺ではない―その言葉のどんな意味においても、どんな解釈においても。これは古い書物に書かれていることにすぎない。俺たちは、すでに選ばれている道をたどっているのだ。

アミルを見ると、その人生が緊迫しすぎているのがわかる。あと一分も続かないのではないかと思われるほどだ。それは、彼が女とセックスしたことがないためだろう。

しかし、この点についてはどうなんだろう、とハマドは考えた。こういう状況で自分の命を犠牲にする男のことはどうでもいい。その男が道連れにする者たちの命はどうなるのだろう?

彼はアミルにその質問をしてみたいとは思わなかったが、最後には疑問をぶつけてみた。家に二人きりでいるときのことだった。

ほかの人たちのことはどうなんだい、一緒に死ぬ人たちは?

アミルは苛立った。そういう問題についてはハンブルクのモスクやアパートで話したじゃないかと言った。

ほかの人たちのことはどうなんだい?

アミルは、ほかの人たちなんていないんだと言った。ほかの人たちは、俺たちがやつらに割り当てた役目を果たすという程度にしか存在しないんだ。これが他者としてのやつらの仕事さ。死ぬやつらは、死ぬという有益な事実の外には、自分たちの人生なんてものを持っていないんだよ。

ハマドはそれに感心した。哲学のようだと思った。

 

『墜ちてゆく男』