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擬人化した写真(毎週月曜更新)

 

写真の人となり:

 

写真にとって人間は生き物ではない。
土人やら奴隷やら虫けらと見下される。
人間は家畜や昆虫や石ころに対しても優先権を主張できない。
写真によって皆等しく差別されて生気を失い印画紙に焼き付けられる。
あの人はなぜ死ななければならなかったのか。あの人はどんな人生を歩んだのか。
そうした言葉や物語は人間が勝手にでっちあげたものである。
写真は人間の考えた善悪を越えた完璧で純粋で明確で一切迷いが無く良心や後悔などに影響されることのないシステムであり単に対象を蹂躙する事こそが彼の生きがいである。

 


すべてが不統一だった

彼女はウルリケを見ていた。頭部と上半身、首にはロープによる火傷の痕がついていた。でも首を吊るとき、どんな器具が使われたかはよく知らなかった。

別の人間がベンチのほうに歩いてくるのが聞こえた。男が、重たげに脚を引きずる音だ。彼女は立ち上がり、ウルリケの絵の前に立った。関連した三つの場面の一つだ。どの場面でもウルリケは死んでいる。独房の床に倒れていて、横顔が見える。キャンバスの大きさはまちまちだった。頭、首、ロープによる火傷、髪、顔の表情といった、その女の姿は作品ごとに様々だった。ぼんやりとうす暗い調子で、細部が明瞭だったりそうでなかったりする。ある一枚ではざっと描かれているだけの口が、他ではほとんど写実的だった。すべてが不統一だった。

 

『天使エスメラルダ―9つの物語 バーダー゠マインホフ』

アクロバットが始まるところで彼女の自己意識は終わった

ある日、彼女は例のフィギュアを偶然見つけた。咳止めシロップやクリップなどと一緒に、学校の机の引き出しに入っていた。教師の休憩室として使われているオフィスでのこと。彼女はフィギュアをそこに入れたことを覚えてもいなかった。恥ずかしい気持ちと言い訳する気持ちが血の中で衝突するという、よくある感覚に襲われた。忘れられていた物体が投げつけてくる非難に対し、体熱が上がる感覚。彼女はフィギュアを取り出し、牛跳び女のすっきりと開かれた動作に、前腕と手の細かく描かれた緊張に、何か際立ったものを見出した。こんな古いものは、どこか儀式ばった感じ、形のぎこちなさがあるべきではないか?これは滑らかに流れるような作品だ。しかし、その驚きを超えてしまうと、そこから知り得るものはほとんどない。彼女は古代ミノア人のことを知らなかった。このフィギュアが何でできているのかさえわからなかった。こんなに軽い模造の象牙とはいったい何か。彼女はふと気づいた。机の中にフィギュアを置いてきたのは、それをどうすればいいかわからなかったからだ。どう固定するか、支えるか。体は単独で空中に浮かんでいる。支えるものもなく、定められた位置もない。手のひらに置くのがぴったりに思える。

彼女は小さな部屋に立って、耳を傾けた。

エドマンドはこのフィギュアが彼女のようだと言った。彼女はそれをじっくりと見た。ほんのわずかな類似でも引き出そうとした。腰巻とリストバンド、そして二重に首輪をつけた女。走る牡牛の角の上、空中に浮かんでいる。この行為、跳躍そのものがヴォードヴィルのショーでもあり、神聖な恐怖を呼び起こすものでもある。この十五センチのフィギュアには、さまざまなテーマや秘密があり、そして物語化された言い伝えがあったが、カイルにはその手がかりさえ掴めなかった。彼女はその物体を手の中で転がしてみた。安易な類似がすべてはがれ落ちていった。しなやかさ、若さ、軽快さ、現代性。音を立てて走る牛と、揺れる大地。カイルとこの作品の中の精神とをつないでくれそうなものは何もなかった。紀元前一六〇〇年彼女から遠く離れた力によって動かされ、これを彫った象牙彫師の精神。彼女は古い粘土のヘルメス像を思い出した。葉の冠をつけたヘルメスは、我々の知り得る過去、共有された存在の舞台から彼女を見つめていた。ミノア人はこうしたものの埒外にいるのだ。ウエストが細く、優雅で、まったく別の精神を有している―言語と魔術の谷間の向こう側、夢の宇宙論の向こう側に失われたもの。これがこの作品のささやかな謎である。彼女はフィギュアを持った手を握り締め、その鼓動を肌に感じられるように思った。穏やかな規則正しい律動、大地との結びつき。

彼女はぴたりと動きを止め、頭を傾けて、耳を澄ました。バスが音を立てて通り過ぎた。窓枠の継ぎ目越しにディーゼルエンジンの煙霧が入ってくる。彼女は部屋の隅を見つめ、じっと集中した。耳を澄まし、待った。

アクロバットが始まるところで彼女の自己意識は終わった。一度そのことに気づいてからは、彼女はフィギュアをポケットに入れ、どこにでも持ち歩くようになった。

 

『天使エスメラルダ―9つの物語 象牙のアクロバット』

容赦なく進む時間の中で人間が無力であるということ

それから揺れは止まった。彼女はパジャマの上に何か服をまとって、階段を下りた。足早に歩いた。小さなロビーを走り抜け、表玄関で煙草に火を点けている男をかすめて外に出た。人々は通りに出て来ていた。彼女は半ブロック歩き、大きな集団の近くで立ち止まった。激しい息遣いで呼吸し、腕をだらりと垂らしていた。最初にはっきりと考えたことは、遅かれ早かれ、屋内に戻らなければいけないということだった。彼女は周囲でさまざまな声が落ちてくるのに耳を澄ました。誰かがまさにこのことを言ってくれないかと思った―残酷さは時間の中にあるのだということ、容赦なく進む時間の中で人間が無力であるということ。彼女はそこにいた女性に、アパートの水道管が破裂したようだと言い、女のほうは目をつぶって頭を重そうに揺らした。このすべてはいつ終わるのだろう?彼女はその女に、アパートから出るときにトートバッグを掴んでくるのを忘れたと言った。何日も用心深く計画を立てたのに、と彼女は言い、その話に悲しげなニュアンスを加えよう、ユーモラスでどこか自嘲的なものにしようとした。我々は何か滑稽なものにしがみつかなければならないのだ。彼女らは頭を揺らしながらそこに立っていた。

通りの端から端まで、煙草に火を点けている人々がいた。最初の地震から八日経っていた。八日と一時間。

彼女はほとんど夜どおし歩き続けた。午前三時に、オリンピックスタジアム前の広場で立ち止まった。車が何台も停まっており、数十人の人々が集まっていた。彼女は彼らの顔を観察し、話に耳を傾けた。道路の車はゆっくりと流れていた。そこには奇妙な気分の二重性があった。すべての会話の核にある、孤独な内省。みんな知り合いを熱心に探しているはずが、どこか上の空だった。彼女はまた歩き始めた。

部屋で九時に朝食を食べているとき、初めてかなり大きな余震を感じた。部屋は激しく傾いた。彼女は立ち上がってテーブルから離れ、目に涙をため、ドアを開けて、そこにうずくまった。バターを塗ったロールパンを握りしめていた。

 

『天使エスメラルダ―9つの物語 象牙のアクロバット』