“どちらか”か、“または”

「わたし、電話のダイアルをまわしていて、誰にかけているのか忘れるの。店に行っても何を買うのか忘れてるわ。誰かがわたしに何か言うでしょ、わたし、それを忘れてるの、それで、もう一度言ってくれるでしょ、でまた忘れているの、また言ってくれるわ、おかしそうな笑いを浮かべて」

「ぼくたちはみんな忘れるものだよ」とわたしは言った。

「わたし、名前や、顔や、電話番号や、住所や、約束時間や、指図や、指示なんかを忘れるわ」

「そんなことは誰にでも多少とも起きることだよ」

「わたしね、ステッフィーがステファニーって呼ばれるのが好きじゃないってことを忘れるの。時にはデニスって呼んだりするわ。車をどこに止めたのか忘れることもある。そして長いあいだそのまま、挙句にどんな車だったかも忘れてるの」

「忘れっぽくさせるものが空気や水のなかに入りこんでいたんだよ。それが食物連鎖に入ってきた」

「たぶんわたしが噛むガムだわ。こじつけすぎかしら?」

「ほかのものじゃないかな」

「どういう意味?」

「ガム以外に何か食べるだろう?」

「そんなことどこで聞いたの?」

「ステッフィーからの受け売りさ」

「ステッフィーは誰から聞いたの?」

「デニス」

彼女は、もしデニスが噂や推測のもとであるなら、その話は十分に真実の可能性があると認めて、黙った。

「デニスはわたしが何を食べているって言うの?」

「彼女に聞く前にきみに聞きたかったんだ」

「わたしが知る限り、自分の記憶力を減退させるものは何も食べてないわ。それにわたしは年寄りでもないし、頭に怪我をしたこともないし、家系を見ても子宮後屈だってこと以外は何もないのよ」

「きみは多分デニスが正しいって言ってるんだね」

「だってそれを否定できないでしょ」

「きみが多分記憶力を損なう副作用のあるものを、食べているって言ってるんだ」

「わたしが何か食べていて、それを思い出せないのか、または何も食べていなくて、それを思い出せないのかのどちらかね。わたしの人生は、“どちらか”か、“または”なの。普通のガムを噛むか、またはシュガーレスのガムを噛むのかのどちらか。ガムを噛むかまたはタバコを喫うかのどちらか。ガムを噛むかまたは煙草を喫うのかのどちらか。タバコを喫うかまたは肥るかのどちらか。肥るかまたはスタジアムの階段を駆け上るかのどちらか」

「うんざりする人生みたいだよ」

「わたしは永遠に続いてほしいのよ」と彼女は言った。

 

『ホワイト・ノイズ 一章 波動と放射』