目は開けたまま、心はシャットダウンして

「でも、私には何が起きるかわかっている。あなたは離れていくのよね。心の準備はできているわ。家を離れる時間が長くなって、どこかへ行ってしまうのよね。あなたが何を求めているかはわかっている。正確に言えば、蒸発したいって望んでいるわけではないわ。ただ、そこにつながっていくものなの。蒸発は結果にすぎない。あるいは、罰なのかもしれない」

「きみは、僕の求めているものがわかっている。僕にはわからない。君にはわかっている」

「あなたは誰かを殺したいのよ」と彼女は言った。

そう言ったとき、彼女は彼のことを見ようとはしなかった。

「あなたはここしばらくそれを求めていたの」と彼女は言った。「それがどういう意味をもつのか、どういうふうに感じられるのかは、私にはわからない。でも、それがあなたの抱えていることなの」

そう言ってしまったものの、彼女は自分が本当に信じているのかどうかわからなくなった。しかし、ひとつ確かなのは、彼がその考えを頭の中で議論したことがないということだ。それは彼の肌に染みついていた―おそらくこめかみで打つ脈のようなものだろう―細くて青い血管のかすかなリズム。彼女は何か満足させなければならないものがあることに気づいていた。フルに発散させなければならないもの。そして彼女は、それが彼の不安の確信にあると思った。

「軍に入隊できないのは残念だな。歳をとりすぎている」と彼は言った。「刑罰を受けることなく人を殺せて、家に帰って来て、家族のままでいられるのにな」

彼はスコッチを飲んでいた。薄めていないウィスキーをすすり、自分の言ったことにかすかに微笑んだ。

「以前の仕事に戻ることはできないのね。それはわかるわ」

「仕事。今の仕事は、あのすべてが起こる以前に僕がしていた仕事とたいして違わないんだよ。ただ、あれは“以前”のことだし、今は“以後”なんだ」

「ほとんどの人生というのは意味を成さないわ。それは私にもわかっている。この国ではってことだけど、意味を成すものってあるかしら?ここに座って、一カ月ほど出かけましょうなんて言う気にはなれないわ。そんなことを言う人間になりたくない。だって、それは別の世界だから。意味を成す世界。でも、聞いてほしいの。あなたは私よりも強かったわ。あなたが助けてくれたから、ここまでたどり着けた。じゃなかったら、何が起きたかわからないわ」

「“強さ”についてなんて話せないよ。“強さ”って何?」

「それは私が見て、感じたこと。あなたはタワーにいたけど、私は取り乱していただけ。今は―ったくもう、わからないわ」

しばらく沈黙が続いてから、彼は「僕にもわからないよ」と言い、二人は笑った。

「以前はよく、眠っているあなたを見ていたの。奇妙な話に聞こえるでしょうね。でも、奇妙じゃない。ただ、あなたがありのままでいて、生きていて、私たちのもとに戻ったというだけ。あなたを見ていたの。以前はまったく知らなかったあなたを知っているように感じていたわ。私たちは家族だった。そういうことだったのよ。そのおかげでここまで来られたの」

「あのね、信じてほしいんだ」

「いいわ」

「僕は何ひとつ永続的なことをするつもりはない」と彼は言った。「しばらく家を出て、帰って来る。蒸発しようとはしていない。思い切ったことをするつもりもない。今はここにいて、また戻って来る。戻って来てほしいんだろ?」

「そうよ」

「家を出て、帰って来る。すごく単純さ」

「お金が入るわ」と彼女は言った。「売却がほぼ完了するの」

「お金が入る」

「そうよ」

彼は、彼女が母のアパートを売却するにあたって、その取引をまとめる手助けをした。契約書を読み、修正を加え、電子メールで指示を送った。ポーカーのトーナメントが行われているインディアン居留地のカジノから。

「お金が入る」と彼はもう一度言った。「子供の養育費だな。大学卒業まですると、十一年か十二年、ものすごい金額だ。でも、きみが言っているのはそういうことじゃない。僕がポーカーですさまじい額を負けても、何とかやっていけるって言いたいんだ。でも、そういうことは起こらないよ」

「あなたがそう信じてるんだったら、私も信じるわ」

「これまでにそういうことはなかったし、これからもない」と彼は言った。

「パリはどうなの?そういうことはある?」

「あれはアトランティック・シティになったんだ。ちょうど一カ月後だよ」

「ポーカーという監獄の看守は、妻の訪問についてどう思うかしらね?」

「行きたくないんだね」

「そうね。あなたの言うとおり」と彼女は言った。「だって、考えるだけならいいんだけど、実際に見ると気が滅入りそう。人々がテーブルを囲んで、カードをシャッフルして。毎週毎週。飛行機に乗って、ポーカーをしに行くってこと。そのバカらしさ、精神病的な愚かしさに加えて、どこかすごく悲しいところがない?」

「きみが言ったことじゃないか。ほとんどの人生は意味を成さないって」

「でも、それって気が滅入らない?それで気分が萎えていくんじゃないかしら?あなたの心を蝕んでいくのよ。というのも、昨晩、テレビで見ていたんだけどね。降霊術の会みたい。チクタクチクタク。これを数ヵ月続けたあと、どうなるの?あるいは数年続けたあと。あなたは誰になるの?」

彼は彼女を見つめ、同意したかのように頷いた。そして、そのまま頷き続け、その動作は別の次元に達した。ある種の深い眠り、睡眠発作、目は開けたまま、心はシャットダウンして。

決定的なことがあった。あまりにも自明で、言うまでもないこと。彼女はこの世界での安全を望んだが、彼は望んでいなかったのだ。

 

『墜ちてゆく男』