持ち主のわからない荷物

真実は、ゆっくりだが確かな衰弱という形を取っていた。グループのメンバーひとりひとりはそのことを知りながら暮らしていた。リアンにとって、カーメン・Gのケースは最も受け入れ難いものだった。カーメンの中では、二人の女性が同時に共存しているようなのだ。ひとりはここに座って、時を経るうちに攻撃性を失い、人格的にぼやけてきて、言葉も拙くなっている女。もう一人は若くてスリムですごく魅力的な女。それは、リアンが想像するに、無鉄砲な青春期の彼女だった。活力とユーモアに溢れ、歯に衣着せぬ女。ダンスフロアをくるくる回っている彼女。

リアン自身、父親の遺伝子を受け継いでおり、血小板と神経原繊維に症状が出る可能性を抱えているため、この女を注視し、その退行に気づかずにいられなかった。記憶を失い、人格やアイデンティティを失って、ついには恍惚状態に陥ること。彼女が書き、読み上げた文には、自分の一日をたどるものがあり、前日の出来事を書いたことになっていた。皆がこうしたものを書くと同意したわけではない。カーメンは、次のようなことを書いていた。

朝起きると、みんながどこに行ったのだろうと思います。ひとりぼっちですが、それは私がそういう人間だからです。私はほかの人たちがどこにいるのかと考えています。すっかり目覚めたのに、寝床から出たくありません。まるで、寝床から出るには書類でも必要とされるみたいです。入国証明、住居証明、社会保障カード。写真入身分証明書。私の父は汚いジョークも平気で口にしました。子供はこういうことも学ばなければいけないと言っていたのです。私は二人の男と結婚しましたが、その二人は手以外はどこも似通っていませんでした。私は今でも男の人の手を見つめてしまいます。だって、誰かが言ってたけど、誰でもみな脳を二つもっていて、今日はどちらの脳が働いているかが重要なんです。どうして寝床から出ることが世界で一番大変なことなんでしょう。私にはしょっちゅう水をあげなくてはいけない鉢植えがあります。鉢植えが仕事だなんて考えたこともなかったけど。

ベニーは言った。「あんたの一日ってのはどこに行っちゃったんだい?自分の一日をたどるって言ったじゃないか」

「これが最初なの、目覚めてから十秒間くらい。まだ寝床にいるのよ。次にここに集まるときには、ベッドから出るところまで行くかもね。その次は手を洗うまで。それが三日目でしょ。四日目には顔を洗うところ」

ベニーは言った。「みんな、そんなに長生きできるかね?あんたがトイレに行くころにはみんな死んでるよ」

それからリアンの順番になった。彼らは質問し、先をせがんだ。みなテロ事件について何かしら書き、何かしら発言してきた。それをまた持ち出したのはオマー・Hだった。すごく熱心に、右手を挙げて言った。

「あれが起きたとき、どこにいたかね?」

もうほとんど二年になる。このストーリーラインのセッションが始まったのは、ちょうど彼女の結婚生活が夜空に消えて行きそうになっていた頃だった。それ以来、彼女はこうした男女が語るのを聞き続けてきた。彼らが自分たちの人生をおかしく、刺激的に、率直に、あるいは感動的に語るのを―彼らの信頼感を結びあわせて。

私も彼らに物語の借りがあるのではないかしら?

玄関にキースが立っていた。始まりはいつもそう、そうでなければならない。すさまじい姿だが、生きている夫が現れたのだ。彼女は出来事の順序を追おうとした。語りながら、彼の姿が見えた。反射した光の中に漂う姿、バラバラになり、つぎはぎだらけのキース。言葉は次々に出て来た。自分が覚えていたとは知らなかったことを思い出した。彼の目蓋に刺さった光るガラスの欠片は、そこに縫い込まれたかのようだった。そして彼らが病院まで歩いて行ったこと。九ブロックか十ブロック、ひと気のほとんどない街路を、立ち止まりながら、深い沈黙に沈んで。助けてくれた若い男、配達員のこと。その男の子が片手でキースを支え、もう片方の手でピザの箱を持っていた。彼女はもう少しで訊ねそうになった。いったい誰がテークアウトのピザを注文する電話をかけられたのか?電話はつながらなかったのに?背の高い、ラテン系の男の子、でもそうじゃないかもしれない。彼はピザの箱の底を手のひらで支え、体から離して、バランスを取っていた。

彼女は物語の焦点がぼけないようにしたかった。ひとつのことがきちんと次のことにつながるように。話しているというより、時間の中に消えていくような感じのときもあった。つい最近の過去、一か所に集中していく流れの中に戻っていく。彼らは静まり返り、彼女をじっと見つめていた。人々は最近、彼女を見つめるようになった。彼女は見られることを求めているようなのだ。彼らは彼女に依存している、彼女が意味のある物語を語ってくれることに。彼女の側から言葉が出てくるのを待っている。そこに何か堅固なもの、崩れないものがあると信じて。

彼女は息子について話した。子供が近くにいるとき―目に入るところ、あるいは触れるところにいて、自分の意志で動いているようなときは―恐怖が和らぐ。それ以外のときに子供のことを考えると、怖くならずにいられない。それは実体のないジャスティン、彼女が作り出した子供だからだ。

持ち主のわからない荷物、と彼女は言った。紙袋に入った弁当も恐ろしい。あるいはラッシュアワーの地下鉄、地下の密閉された箱の中にいるときなど。

彼女は息子が眠っているところを見られなかった。未来が侵略してきた時点で子供になった息子。子供たちは何を知っているのだろう?彼らは自分たちが何者であるかを知っている―我々には理解できない形で、そして彼らが我々に説明できない形で。そう彼女は言った。いつもの数時間が流れていくとき、凍りついた数秒間がある。息子が眠っているところを見ると、これから起きることを考えずにいられなかった。それが彼の沈黙の一部。沈黙した彼方に人影が浮かび、窓に貼りついている。

疑わしい行動や持ち主のわからない荷物に気づきましたらお知らせください。こういう文句だったわよね?

彼女はブリーフケースのことも話しそうになった。それが現れて、消えたという事実。それが何かを意味するとすれば、何なのか。話したかったが、話さなかった。すべてを語り、すべて打ち明けたかった。彼らに聞いてほしかった。

 

『墜ちてゆく男』