きみたちは不真面目だ

最初のうち、彼らは様々なバリエーションのポーカーを試してみたが、そのうち親の選択肢を制限するようになった。ある種のゲームを禁止することは、伝統や自己規律という名目でジョークとして始まったが、つまらない変則ゲームに反対する議論が沸き起こり、次第に効力をもつようになった。ついには、五十歳になろうという長老のドッカリーがストレート・ポーカーだけにするという案を主張した。古典的な形式の五札ドローポーカー、五札スタッドポーカー、七札スタッドポーカーのみ。そして、選択肢を減らすことは掛け金の上昇につながり、一晩で大きく負けた者が小切手を書くときの仰々しさが増した。

彼らはひとつひとつの手札を扱うとき、興奮を無表情で隠した。すべてのプレーは目の奥で行われていた。ナイーブな期待と計算された欺き。ひとりひとりが他の者たちを陥れようとし、同時に自分の危ない夢に限度を定めようとする。債権のトレーダーと弁護士、そしてもうひとり弁護士。ポーカーというのは集約されたエッセンスなのだ―彼らが昼間にめぐらせている戦略の本質をはっきりとした形で抽出したもの。カードは丸テーブルの緑のベーズ地の上を飛び交った。彼らは直感と冷戦期のような危機分析を用いた。狡猾さと闇雲な運任せの両方を使った。予見的な瞬間が来るのを待った。自分たちが来ると予感したカードに基づいて賭けをする瞬間を。「クイーンが来ると感じたらその通りに来た」。彼らはチップを投げ入れ、テーブルの向こうの目を見つめた。文字発明以前の習俗の世界に退化し、死者に祈った。そこに健康的なチャレンジ精神とあからさまな嘲りとがあった。相手の薄っぺらな男らしさをズタズタにしてやろうという意図が含まれていた。

ホヴァニスは―死んでしまったが―ある時点で七札スタッドポーカーをやめようと言い出した。カードと賭け率と選択肢の数そのものが過剰に思われるという理由だった。他の者たちは笑ったが、結局それが規則になった。親の選択肢は五札ドローポーカーと五札スタッドポーカーの二つに減った。

それに呼応して賭け金が上がった。

それから誰かが食べ物の問題を持ち出した。これはジョークだった。キッチンのカウンターには、ちょっとした食べ物が大皿に盛られていた。それについてディミートリアスが、そんなことで我々の規律が保てるだろうかと言い出した。テーブルを離れ、時間をかけて口に食べ物を詰め込む―しかも化学薬品を加えられたパンや肉やチーズなどを―そんなことでいいのか、と。これはジョークだったのだが、みな真剣に受け止めた。そしてテーブルを離れることは膀胱の要請による緊急事態のときか、一プレーヤーに不運が続いた場合のみ許されることとなった。そういうプレーヤーは窓辺に行き、夜の深い潮の流れを眺めずにいられなくなるのだ。

ということで、食べ物は禁止された。食べ物はなし。彼らはカードを配り、コールし、ゲームを降りた。それから酒の話を始めた。バカげていることはわかっていたが、二、三人の連中がこんなことを言い始めた。酒の摂取は茶色っぽいものに限るほうが望ましいのではないか、と。スコッチ、バーボン、ブランデーなど、男らしい色合いと深い情熱を孕んだ蒸留酒。ジン、ウォッカ、生気のないリキュールなどはダメ。

彼らはこれを楽しんでいた、彼らのほとんどは。意図的に些細なことにこだわり、そこから型を作り出すのが好きだった。しかし、テリー・チェンは違った。彼は実に華麗なポーカーをする男で、ときには二十四時間連続オンラインでプレーすることもあった。テリー・チェンは、みんな浮ついた生活を送っている軽薄な人間だと言った。

それから誰かが、五札ドローポーカーは七札スタッドポーカー以上に自由だと指摘し、みんなどうしてこれにもっと早く気づかなかったのだろうと思った。プレーヤーは三枚までカードを捨てて引くか、持ち札をまったく換えないか、降りるかの選択ができるのだ。そこで彼らは五札スタッドポーカーだけに限定することに同意した。こうして賭けられた多額の金、積み上げられた明るい色のチップ、はったりとそれに対抗するはったり、わざとらしい罵りと不気味な凝視、低いグラスに注がれた暗褐色の酒、何層にも重なる葉巻の煙、無言ながら重い自責の念―このように乱れ飛ぶエネルギーと身振りが向けられているのはひとつの対抗勢力、制約を自ら課したという事実。それは自己の内部からの命令であるだけにいっそう強力なものとなる。

食べ物はなし。食べ物は禁止。ジンもウォッカも禁止。黒ビール以外のビールもダメ。彼らは黒ビール以外を禁止する命令を発したが、さらにベックス・ダーク以外の黒ビールを禁止する命令も出した。その理由は、キースがドイツのケルンにある墓地の話を聞き、それを彼らに話したからだった。四、五十年ずっとカードを続けてきた四人の親友が、彼らがカードテーブルに座っていたのと同じ配置で埋葬された。カードをしていたときとまったく同じように、二つの墓石がもう二つの墓石に面して。プレーヤーひとりひとりを由緒ある位置に埋葬したのである。

彼らはこの物語を愛した。これは友情に関する美しい物語。取るに足らない習慣が超越的な影響力を持ちうることを示している。彼らは敬虔な気持ちになり、物思いに沈んだ。そして考えついたひとつのことは、ベックス・ダークを唯一の黒ビールと指定することだった。このビールはドイツ製であり、物語のカードプレーヤーたちもドイツ人なのだから。

スポーツに関する話を禁止しようと言い出した者がいた。彼らはスポーツ、テレビ、映画に関する話を禁止した。キースは、ここまで来るとバカげていると思った。しかし、規則というのは良いものだと彼らは答えた。バカげているほど良いのだ。おならの巨匠ラムジーは、今では故人だが、ありとあらゆる禁止令を無効にしようとした。タバコは禁じられていなかった。タバコを吸うのはひとりしかいなくて、彼はもうどうしようもないという哀れな姿を見せれば、好きなだけ吸うことを許されていた。ほかのほとんどの男たちは葉巻を吸い、ゆったりと、スケールが大きくなったような気分でいた。スコッチかバーボンをすすりながら、禁止された言葉の同義語を探した。「酔っ払った」や「しらふ」などと同じ意味の言葉を。

きみたちは不真面目だ、とテリー・チェンは言った。真面目になるか、死ぬか、どちらかにしろ。

親は緑のベーズ地のテーブルでカードを切ると、必ずゲームの名前を宣言した。五札スタッドポーカー。それが唯一のゲームになってからも、同じことを続けていた。この宣言のささやかな皮肉は時とともに干からびていき、言葉は誇り高き儀式となった。形式的で必要不可欠なものに。親になると、それぞれが順番に五札スタッドポーカーと宣言する。彼らは内心嬉々としてそれをやった―無表情に。この種の心地よい伝統に出会えることなど、ほかにないではないか?古めかしい無意味な言葉をいくつか発することで表されるような伝統に?

彼らは安全なプレーをしてあとで後悔した。危険な賭けをして負け、陰鬱に悩んだ。しかし、いつでも禁止令を発することはできたし、規則を作ることもできた。

そしてある夜、すべてが崩壊した。誰かが腹を空かし、食べ物を要求したのだ。ほかの誰かもテーブルを叩き、「食い物、食い物」と言った。これが祈禱のようになり、部屋中に広がった。彼らは食物禁止令を撤回し、ポーランドのウォッカを要求した―何人かは。フリーザーで冷やした透明な蒸留酒が、凍ったタンブラーに注がれ、差し出されることを。ほかの禁止令も廃止され、禁止された言葉も復権した。彼らは賭け、賭け金をせり上げ、飲み食いした。そしてその時点から、他のゲームも再開されたハイロー、エーシーデューシー、シカゴ、オマハ、テキサス・ホールデム、アナコンダ、そのほかポーカーの先祖のなかでも傍系に属するものなど。しかし、彼らは親になるたびに、例のゲームの名を宣言できないことを残念に思った。五札スタッドポーカー―そう言って、他のゲームすべてを除外すること。彼らは、他の四人が互いについてどう思うのかを考えないようにした。ポーカーという野生人の悦楽に浸る男たち。ケルンの墓地で向き合っている墓石と墓石。

 

『墜ちてゆく男』