躁病の天使

デトワイラーは顎を少し傾け、この発言を少しばかりだが楽しんでいる様子を示した。この男には業界内の一匹狼が持つ老獪な落ち着きがあった。システムを撹乱し、ひとりよがりの観衆をコケにするアウトサイダー。彼の外見には化粧直しされたような、組み立て直されたようなところがあった。剃り上げられた頭にぼさぼさの口髭。厳格に制御された男、フィットネスのインストラクターに指導を受け、クレジットカードの経歴も汚れておらず、黒のタートルネックのジャージにデザイナーズブランドのジーンズを合わせている男。ツルツルの頭を除けばスワッピング倶楽部会員であってもおかしくない、などと思えたりもする。

「シムズ、この光景から何が見えて来るか、教えてあげよう。未来の風景だよ。最後に唯一残る光景。廃棄物が有害なものになればなるほど、観光客はさらなる労苦と出費をしてでもそこを見学しようとする。きみの会社はここを隔離すべきじゃないんだ。最高度に有害な廃棄物は、そりゃ、隔離すべきだね。そのことで、偉大さ、魔術的な不気味さが増すから。でもいわゆる家庭ゴミはそれを出した町に残すべきなんだ。生ゴミは目の届くところへ。みんながそれを見て、敬意を抱くように仕向けなくては。廃棄物処理施設を隠したりしないように。廃棄物で何か建造すればいい。廃棄物のリサイクルで作る豪華なビルを設計して、みんな自分のゴミを持ち寄るようにって呼びかけて、圧縮ピストンとかベルトコンベアを操作させる。そろそろ自分のゴミを知る番だって。やばいブツとか化学廃棄物とか核廃棄物とかは遠く離れた土地に持っていって郷愁の対象にしてしまう。バスツアーとか絵葉書とかができるよ、絶対にね」

このアイデアをどう受け取ったらよいのか、シムズにはよくわからなかった。

「どんな郷愁?」

「我々がどれほど入り組んだ憧憬の念を持つことができるか、その能力を過小評価しちゃいけないよ。文明から御法度になった物質、昔の産業や昔の利害対立が持つ野蛮な力への郷愁だな」

デトワイラーは六〇年代においては異端分子だった。多くの有名人の家庭ゴミを盗んで分析するゴミゲリラだったのだ。彼はゴミの内容細目に個人的な評論を添え、共産党の声明文を模した形式で発表し、地下出版社がそれを片っ端から印刷した。ワシントン北西にあるエドガー・フーヴァーの自宅から長官の家庭ゴミをかっぱらって逮捕されたとき、その活動も頂点に達し、人々が彼の名前を記憶しているのもこの事件のためだった。タンバリンを持って放浪するヒッピーガールの集団や爆弾魔や空中浮遊能力の持ち主やラリった世捨て人や家出少年たち―彼はこうした連中と並んで、当時を記録する年代記のなかで束の間の熱っぽい名声を享受したのだった。

鳥が一羽クレーターを端から端へ横切った。フィンチかミソサザイ、あたふたと先を急いで飛んでいく。日没が迫っている。

デトワイラーは言った。都市とはゴミの上にのっかって上昇する、と。一インチずつ、埋められたゴミ屑が増加するにしたがって何十年もかけて隆起していく。ゴミ屑はいつも積み上げられたり隅の方へ押しやられたりしてきた。屋内でも屋外でも。しかし、ゴミにはそれ自身の弾みがある。それは押し返してくる。身近にあるありとあらゆる空隙に押し入ってきて建造物の構造を限定したり、儀式の体系に変更を強いたりする。さらにゴミは鼠と疑心暗鬼(パラノイア)を産み出す。人間は何か組織的な反応を発達させるべく強いられたのだ。つまり、ゴミを処分するうまい方策を見つけ、それを実行する社会組織―労働者、管理職、運搬業、廃品回収業―を造り出す必要に駆られる。文明が築き上げられ、歴史が駆り立てられるのは…。

彼はあのトークショー的な調子で話した。論点が明確で、口調はこなれていて、万人向けの親密さが漂う。彼はゴミのセールスマン、出版契約やドキュメンタリー映画の口をいつも捜している。俺が思うに、話を聞いているのが二人だろうが五十万人だろうが構わないのだろう。

「な、こう考えると、すべてを逆から見ることになる」と彼が言った。

人間たちが狩りの様子を銅製の門戸に打ち出したり、星空のもとで哲学を語らい合ったりするうちに、文明が勃興し、繁栄した。ゴミの話などただ厄介な脇道で、忘却の彼方へ一掃されてしまった。これは嘘だ。ゴミがまず先に生まれ、人間はそれに対する反応、防衛として文明を築き上げるよう駆り立てられたのだ。人間は自分たちのゴミをどこかへ遺棄し、捨てようのないものはなんとか活用し、活用しようのないものを再生する手立てを見つけださなくてはならなかった。ゴミは押し返してくるのだから。上へ横へと増加していくのだから。ゴミに迫られ我々は厳しく律せられた論理を練り上げ、それが現実の傾倒だった探求へ繋がり、さらに、科学、芸術、音楽、数学が生み出されたのだ。

太陽が沈んでいった。

「本気で信じてるんですか?」と俺は言った。

「あたりまえでしょ。UCLAでもこれを教えているんだから。学生たちをゴミ捨て場まで連れていって、自分たちがその中で暮らしている文明というものを理解させるんだ。消費か、さもなくば死か。これが文化の掟なんだよ。何もかも、最後はゴミ捨て場にやってくる。僕らはまず途方もない量のゴミを出し、それからゴミに反応するんだ。技術的な意味ばかりでなくて心や知性の面でも反応するんだよ。ゴミの方が僕らを形造っていく。思考はゴミにコントロールされるがまま。まず屑が先に来て、それから、我々がそれに対処する機構を築き上げる」

大空の周縁にある雲はクロム色を帯び、天頂のあたりはいまだに穏やかな正午の青をたたえていた。しかし、クレーターは瞬く間に暗くなっていった。巨大なビニールの裏地が風にはためき、自然界の音域を逸脱した不気味な音楽を奏でている。その表面は今や群青色で、依然として空の色を斑に散らしてはいるものの、影や運動が次から次へとそこを移ろっていく。俺たちは束の間その場に立ちつくし、それから車に戻った。デトワイラーは後部座席の真ん中に座り、俺たちの会社がインディアンの聖地にゴミを廃棄していると言ってひやかした。また、同じ口調でウィズの先駆者的地位についても語った。この会社はほかの従来型の会社組織と同様、飽くなき貪欲さを持ち合わせていると彼は考えていた。

俺たちは人っ子ひとりいない道路を進んだ。

「シムズ、あの噂を迫ってるかい?あなたんとこの船だけど」

「俺の管轄外だよ」

「なんかとんでもない物質を捨ててしまおうって、世界の海を巡り巡ってるんだろ」

「興味ないね」とシムズが言った。

「興味大ありだよ。どうやらアメリカに向かってるらしいぜ」

「あんたの方が俺たちより知ってるんだから」とシムズは苦々しそうに言った。「俺たちなんか何にも知らないよな、ニック?」

「僕たちは六〇年代の世代じゃないから。四〇年代、五〇年代の人間なんです」

「俺たちの知識は限られてるんだよ」とシムズが言った。

「なんであれ、たいして知らないんです」

「俺たちはラジオを聴いてたんだ」とシムズが言った。「ローン・レンジャーとトントの世代なんだよ」

「今は昔」と俺が言った。

「駿馬シルバー、その蹄、地響き轟かす」

「電光石火の奔馬」

「俺たちの世代はこれなんだよ、ジェシー」

「もうもうたる土埃」

「それから、“ハイヨー、シルバー!”」

俺たちは声をバリトンまで低くして、昔のラジオドラマの感じを出す。

「面白いよな」とデトワイラーが言った。「きみたち、トントの馬の名前は絶対に知らないはずだよ。どうだい、シムズ。白人の馬の名前は覚えてるだろ。じゃあなぜインディアンの馬の名前は覚えてないんだい?」

俺はデトワイラーのことを好きだとは思わなかったが、それでも彼の話を聞いていて楽しかった。シムズは違った。シムズは彼にもう一度ヘッドロックをかけたがっていた。前回ほど友好的ではないやつを。彼はインディアンの馬の名前を知らなかった。それが少し気に障ったのだ。

ジェシーは話し続けた。

「危険になればなるほど廃棄物っていうのは英雄的になっていくんだよ。光輝を放つ土地。インディアンたちが今この土地を崇め奉っているように、我々も来世紀にはこの土地を神聖なものとして眺めるはずさ。プルトニウム国立公園。白人の神々に残された最後の霊場。防毒マスクを着けて、防護スーツを着た観光客たち」

「インディアンの馬の名前って何ですか?」と俺は聞いた。

「スカウト。いいかい?これは驚きだし、同時にショックでもある。根の深い文化的な欠落だよ。トントの馬。それをあんたたちは知らないって言うんだから」

彼は俺たちの方へ身を屈め、そしてひやかしつづけた。

「ある船が何千バレル分もの産業廃棄物を運搬している。それともCIAがらみのヘロインだっけ?僕としてはまんざら信じないわけでもない。どうしてって、そりゃ信じるのは簡単だから。信じないなんていったらアホだよ、ここまで知ってるんだから」

「知ってるって、何を?」

編隊を組んだヘリが、十機だか十二機だか、道路上空を真っ直ぐ俺たちの方へ向かってきた。強襲用輸送機の大きな機体が躁病の天使のような光を発しながらやってくる。上空を通過するときには、そのけたたましい突風が車内から空気を吸い出し、俺たちは弱々しく身を屈める。

「すべては繋がってるっていうことさ」とジェシーが言った。

 

『アンダーワールド 上 未知の暗雲』