下級Gメン

「シスター、たまに不思議に思うんですけど、なんでこういったことを我慢してるんですか?」とグレイシーが言った。「心の平和と安寧ならもう充分手に入れたでしょう。州北部に住んで、裏方の仕事に就くこともできたはずです。薔薇園に腰を下ろして片手には推理小説、足元にはあのペッパーちゃんが擦り寄ってくるなんて、私だったら最高なのに」ペッパーちゃんとは修道会本部にいる猫のことだ。「池までお弁当持ってピクニックにも行けるじゃないですか」

エドガーは陰気にニヤッと笑ったが、それは表には現れずどこか口蓋の奥の方に漂った。彼女にとって北での生活など憧れでも何でもなかった。まさにこの場所が世界の真実であり、心のふるさとであり、自分自身の姿なのだ。彼女は自分自身の姿を見つめた。臆病者の自分―自己の内に残る崩壊の痕を治癒するため、路地の持つ本物の恐怖に立ち向かわなくてはならない。自分の仕事を為すべき場所として、ほかにどこが考えられるだろう?勇敢で狂気に駆られたイスミアル・ムニョスの壁が立つこの土地でないとすれば?

 

バックミラー越しに、彼女は観光客たちがバスから降りるのを見た。彼らは通りをおずおずと進み、写真を撮ろうと構える。それに、ほとんどなんの興味も示さずに脇を通り過ぎて行く学童たち―彼らは毎晩、窓の外に銃声を聞いてきたのであり、彼らにとって路上の死とテレビ画面上の死は入れ替え可能なのだ。しかし、いったい彼女は何を知っていたのだろう?未だに金曜日には魚を食べるこの老女、彼女は今ここで自分が役に立たないと感じ始めている、シスター・グレイスよりもずっと価値がないと。グレイシーは人間の価値のために戦う兵士であり闘士。エドガーは基本的にいって下級Gメンであり、一連の法律と禁則を保護しているに過ぎない。

彼女の心臓は鴉の心臓だった。小さくて頑固。

交通の止まった道路にパトカーの甲高い声が響いた。蛍光色のベストを着た作業員に付き添われて百人もの地下鉄乗客がトンネルから出てくる。そして彼女は観光客らがスナップ写真を撮るのを見て、何年も前のローマ旅行を思い出した。研修のため、魂の洗濯のためのローマ旅行。彼女は巨大な円盤の下をぶらつき、カタコンベや教会の地下室をうろついたものだった。そして、乗客が表通りに上がってくるのを見ながら思い出していた。とあるカプチン会派教会の地下礼拝堂で、そこに積み上げられた骸骨の山から目を逸らすことができなかったこと。おびただしい蹠骨や大腿骨や頭蓋骨、壁龕や壁穴にどっと積み上げられた頭蓋骨を飾っていた修道僧たちの肉はいったいどこへ行ったのだろうと思ったものだ。そしてあの時の自分は意地悪くこう考えた。この死者たちはいつか地上に現れ、生者を鞭打ち、棍棒で殴り、罪を犯した生者に罰をくれるのだ。そう、死の勝利。

しかし、今でも本当にそう信じたいのだろうか?

 

その夜、エドガーは浅い眠りの表層のすぐ下で再び地下鉄の乗客を見た。成人男性、出産適齢期の女性たち、みな煙の立ちこめるトンネルから脱出され、作業員専用通路を手探りで進み、昇降口階段を上って街路まで誘導される。父親たちに母親たち、はぐれていた両親が見つかり、身を寄せ合う。シャツの裾がまくれ上がり、体を持ち上げられて、蛍光色をした羽根を持つ顔のない小さな生き物によって地上まで導かれる。

 

『アンダーワールド 左手のための挽歌』