そいつは糞だ

「どうしてこういうことするのか聞かせてもらえますか」

「これは現在制作中の作品よ、忘れないでね、一日ごとに、一分ごとに変化していくの。でも、答えてみるわ。答えのまわりをぐるぐるめぐって、答えまでたどり着けるかもしれないし、ダメかもしれないけど」

彼女は右手を顔のあたりに掲げた。タバコは目の高さぐらいでつんと上を向いている。

「昔よくメイン州の海岸に行ったの。ヨット乗りと結婚してて、これは二番目の夫のことなんだけど、結構危なっかしい証券を扱うディーラーで、いつ破産してもおかしくなかったわ。その時には気づいていなかったんだけどね。で、その彼がステキなケッチを持ってて、メインの方まで行っては海岸線沿いにクルーズしたの。夜はデッキに座って、空がきれいに晴れ渡っていると、光の輪が星空のあちこちを横切ったりすることもあった。それで、これ何かしらって二人して想像を膨らましたりしたの。北大西洋航路を行く旅客機とか、ほらUFOとか、その当時から結構話題になってたから。光り輝く円盤が空を横切るのよ。ぼんやりしていてとても高いところを行くの。旅客機にしては高すぎるって思ったわ。同時に、戦略爆撃機が五万五千フィートくらいの高度で飛ぶってことも知っていた。それで私、これは何かずっと上空の物体が放つ光が反射したもので、それが円い形になったのに違いないって結論を下したの。私たちが見てるのはそれだ、B-52だって信じたかったから。戦争のことを考えるとそりゃ身の毛がよだったわ。けどあの光はね、わかってもらえるかしら、あの光は複雑なものを感じさせた。警戒中のあの飛行機が常に何機も飛んでいる、いつでもソ連国境を掠めるように飛んでいるんだって。それで、人里離れた入り江に錨を降ろしてデッキに腰かけ、波に揺られていたとき、畏れのようなものを感じたの。子供がベッドの中でぼんやりと神秘や脅威や美の感覚を覚えるみたいに。あれこそが権力だと思うわ。あなたが権力を持っているとして、その権力が人々の眠りにまで入り込んで来るとしたら、それはとても意味のある力を揮っているんじゃないかしら。私は力に対して敬意を払っているから。今では権力が粉々でぼろぼろになってしまったから、ソ連の国境線さえ昔と同じ形では存在しないから、だからこそ理解できるんじゃないかしら。振り返ってみて私たち自身と、そして彼らを以前よりはっきり見つめられるんじゃないかしら。三十年、四十年前だったら権力にも意味があったわ。権力は安定していたし、集中していたし、肌で感じることも出来た。それは偉大さであったし、脅威であったし、恐怖であったし、それらすべてでもあった。そのおかげで私たちは団結できた、ソ連も我々も。たぶんそのおかげで世界全体が団結できた。物事を測る正確な物差しがあったのよ。希望に物差しを当てることもできたし、破壊に物差しを当てることもできた。なにも昔に戻りたいって言ってるんじゃないのよ。すべてもう昔のこと、それでせいせいしてるわ。でも実際には」

と、ここで彼女は議論の道筋を失ったかに見えた。彼女は一息つき、煙草がとっくに燃え尽きていることに気づいた。聞き手の女が手を伸ばし、クララは吸い殻を吸い口の方を向けて丁寧に差し出した。

「勢力の均衡、恐怖の均衡のおかげで繋ぎ留められていた多くのものがほどけ、バラバラになってしまった。いまや物事に限界なんてない。お金に限界はない。私にはもはやお金がわからない。お金は解き放たれた。暴力も解き放たれた、いまや暴力はずっと容易で、一か所に根づくことなく、制御不可能で、物差しを当てようがなく、価値の体系も備えてもいない」

ここで一息おき、考える。「なにも世界を武装解除したいっていうわけじゃないの」と彼女は言った。「ていうか、実際にはそうしたいんだけど、やるからには油断なく、現実的にやらなくちゃいけない。自分たちが何を手放そうとしているのか、ちゃんと把握した上でね。私たちはヨットを手放した。それが最初に手放したもの。それで今度、私は大空からこの飛行機を頂戴して、操縦席から尾翼の機銃装置まで歩いたり屈んだり這い回ったりしてみた。そしてあらゆる光の当たり具合のもとでそれを眺めて、そこに搭載されていた兵器とかその兵器に付き添っていた兵士たちのことに思いを凝らしてみたの。考えてみるだけでも恐ろしいんだけどね。でも、爆弾は投下されなかったわ。ミサイルは発射されないまま翼下部の砲架に残った。兵士たちは帰還し、ターゲットは破壊されなかった。そうでしょ。私たちはみんな戦争について考えようとしたけど、どうやって考えればいいのかわかっていなかったと思うの。詩人たちが汚い言葉を使って長い詩を書いたけれど、かろうじて突っ込んだ思考って呼べるのはそれくらい。なぜこんなことになるかっていうと、あの人たちが世界に持ち込んだものが人間の想像力を越えていたからなの。爆弾を作った人々でさえ、最初の頃はそれを何て呼んでいいのかわからなかったのよ。ソレとかアレとか言って。で、オッペンハイマーが言ったの、そいつは糞(メルド)だって。フランス語を使うわけね。J・ロバート・オッペンハイマー。そいつは糞だ。彼が言っているのは、命名行為をすり抜けてしまうものは自動的に糞の同族に分類されてしまうってこと。名づけることが出来ないのよ。あまりに大きくて、邪悪で、こちらの経験に収まりきらないから。あと、それが糞だっていうのはゴミ、使用済みのものだってことでもあるの。でも、長々と話しすぎたわね。私が本当に捉えたいのは普通のものごと、そのものの背後にある普通の生活なの。それこそが私たちがここで行っていることの真髄なんですから」

彼女の声の振動。音が彼女の口の端からカーブを描いてやってくる様子。怖いもの見たさをくすぐるようで、聞いている者は彼女が危なっかしい迷路へと足を踏み入れるのではないかと思ってしまう。そしてあの小休止。彼女が間を置くたびに俺たちはじっと待ち、煙草に火をつけるマッチ棒が震えるのを見つめる。

彼女は言った。「いい、私たちは色を塗っているの、場合によっては手で刷毛を握ってね。私たちの貧弱な手の痕を巨大な複合兵器システムに残しているわけ。まったく同じような工場や組み立て工場で生産され、何百万という部品が次から次へと打ち出され、果てしなく繰り返されてきたもの。それを私たちは逆回しにして、肌で感じる声明の断片を見い出そうとしている。たぶんここにある種の生存本能みたいなもの、落書き本能みたいなものがあるの―境界を侵犯し、名乗りを上げ、自らを知らしめようとする本能があるのよ。機首絵師(ノーズアーティスト)たちがしたみたいにね。機体にピンナップガールとかの絵を描いた連中のことだけど」

彼女は続けた。「飛行機の中には機首(ノーズ)に印の描いてあるものがあるの。紋章とか部隊の記章とかで、なかには絵が描いてあるものもある。たとえば動物のマスコットが唸り声をあげて、口や顎からよだれを垂らしている絵とかね。ほんと、すばらしく漫画チックな絵なのよ。機首画(ノーズアート)、こう呼ばれているの。女が描かれているものもあるわ。だって、これはすべて幸運を願っての絵でしょう?機首に描かれたセクシーな女なんて、死に対するお守りになるわけよ。こういったものすべてを郷愁の底に沈めておいてもいいんだけど、実際にこのB-52を飛ばしていた兵士たち―もちろんここでは厳戒態勢とか遠距離早期警報レーダー網とか、つまり、危機的状況全般について話しているのだけど―まあ、その兵士たちっていうのは独自の予兆やら迷信やらをもつ閉ざされた世界に住んでいて、しかもみんな若くて性欲が強くて悶々としていたんじゃないかって思うの。それである日、空軍の中でも一番古い部類に入る飛行機に出くわしたの。雨風にやられて、かなり色褪せて剝げかかっているんだけど、素敵な機首画が描かれていた。ふわっとしたスカートに細身のホルターを着た女の絵。とても背が高くて、髪はブロンドそのもの。脚は驚くくらいきれいで、両手を尻に当て、セクシーなピンナップガールにもう一息って感じでね―まだ男をイカせるテクは持っていそうもないタイプよ―で、彼女の名前が絵の下に綴られていて、それが“のっぽのサリー”だったの。それで思ったの、アマゾネスのようでもなく、天使のようでもなく、極端に理想化されているわけでもないところが気に入ったわって。それでこの子についてもう少し考えてみて、こう思った。たとえこの子が塗りつぶされてしまうことになったとしても、そうなるのかそうならないかわからないけど、彼女の名前だけは絶対に救わなきゃいけないって。私たちの作品にはこの娘に因んだ題名をつけよう、彼女のイメージを期待に刻み込んだ男たちに倣って命名しよう、彼らにそんな気を起こさせたあの曲に倣って命名しよう。ぼんやりとしか覚えていないんだけど、曲に関しては。でも曲自体は存在したわけだし、そのレコーディングテープのどこかにはたぶん実在のサリーが存在しているんじゃないかと思ったわけ。彼女を見て、作曲家なり機首絵師なり飛行機を飛ばした乗員たちは何かピンときたんじゃないかしら。もしかしたら空軍兵士行きつけのバーのウェイトレスだったのかもしれない。あるいは誰かの幼なじみだったのかもしれないし、初恋の人だったのかもしれない。これは一個人の人生の話なんだけど、この人生が我々のプロジェクトの一部になってくれればと私は思っているの。この幸運の女神、死を遠ざける徴がね。彼女が誰にせよ、あるいは誰であったにせよ―もしかしたら、部屋の向こうからケチャップのビンをつっけんどんに寄こす薄汚いウェイトレスかもしれない―それでもね、核兵器のことなんてどうでもいい、私たちは自分たちの目的を出来るだけ小さく、人間味あるものに留めておきたいのよ、今まで制作してきた作品の巨大さとか、目前に控えている途方もない作業にもかかわらずね。しかも私は片足を支えにのせて座りながら、いつまでも自分の作品について喋り続けているわけ。あのマティスが言っていた言葉―画家はまず自分の舌をちょんぎることから始めなくてはならない―は充分承知しているんですけどね」

彼はフランスのテレビ画面上に移る彼女を思い浮かべる。電波が再変換され、小さな光点の集合と化した彼女。抑揚のない吹き替えの背後から彼女の声がかすかに聞こえてくる。国中どこでも、人々が暗闇のなかで頭を寄せ合いながら見ている。画面上の平坦な顔は縁の方がぶれており、両目は下弦の月のようで、五十万ものクララが夜を浮遊する。

彼女は言った。「最近、古い写真を見たの、六〇年代半ばに撮られた写真で、その端っこに女が映っているわけ。人々でごった返していて、みんなどこかの玄関口、大舞踏場への入口みたいなところにいるんだけど、男も女も正装して仮面を着けているの。そしてこの写真を見て、これはあの有名なパーティ、当時話題のイベントだってことに気づいたの。トルーマン・カポーティがあの暗澹としたヴェトナム戦争の時代にニューヨークのプラザホテルで開催した黒と白の舞踏会よ。それでこの写真の私は、まさに体外離脱って感じなの。なぜかというと、そのフレームの端に映っている女は私だったんだけど、それに気づくまでにたぶん三十秒くらいかかったんだから。本当よ。それで私はトルーマン・カポーティだかJ・エドガー・フーヴァーだかどちらかの隣に立ってるんだけど、二人とも頭の形が似てるし、マスクやらアングルやら影のせいでどっちがどっちだかわかりづらいの。それで私は全身をぴったりくるむような黒いドレスを着ていて、こんなものを着たことがあるなんて信じられないような代物なんだけど、でもそれは間違いなく私で、猫のような小さな仮面を着けているの。こんなに自分自身の姿を思い出すのが難しいなんて、いったいこの写真のどこがおかしいのかしらって考えたわ。この人物が誰なのか、なぜ彼女がそこにいるのか、彼女が一体なにを考えているのか、あの間抜けなドレスの下にどんな下着を着けていたのか、とにかく誓ってもいいけど皆目見当がつかないのよ。自分が有名人、お偉方、戦争の舵取りをしている役人たちに囲まれているなんて。それを見たら塗りつぶしたくなったわ、その写真をオレンジとか青とかワインレッドに塗って、タキシードとかロングドレスを塗りつぶして、プラザホテルの大舞踏場を塗りつぶしたくなった。で、たぶんいま私がやっているのはそういうことなのかもしれない。なんていうか、この作品は永遠に未完成なの。もちろん、そこにある悦びは忘れないでね。感覚に快楽に体液。成層圏の青さ。黄色や緑やゼラニウムの赤。冷たく湿った大気を糧に生長するメイン州のゼラニウム。紫紅色。オレンジや淡い群青色や薄黄緑色」

そのとき人だかりの中から誰かが大声を上げる、「共産主義者(アカ)になるぐらいだったら死んだ方がましだ」

俺たちはみな笑った。この発言は反響し、俺たちの声に乗って運ばれて、みなで共有する空間の壁に乱反射するように思われた。俺たちはじっと自分たちの笑い声に耳を澄ました。そうしてみな互いに今晩はこれでお開きだと認め合った。

 

『アンダーワールド 上 のっぽのサリー』