ボランティアの犠牲者

ステッフィーが少し向きを変え、何か寝言をつぶやいた。わたしは彼女が何を言ったのか知らないといけないような気がした。今のわたしの状態、ナイオディンDの雲の死の痕跡をとどめている状態のなかで、不思議な安らぎをほのめかしてくれる兆候や指示を、どこに行ってでも探すつもりだった。わたしは椅子をもっと近づけた。充足した眠りのなかの彼女の顔は、ただ目を保護するために作られた構造だったのかもしれない、彼女の目はすばらしく、大きくてものごとを気づかう感じがあり、変貌し、すばやく人を見て油断なく反応し、ほかの人たちの失望を敏感に感じとってしまう。わたしはそこへ坐って彼女を見ていた。少したって彼女はまた何か言った。今度ははっきり発音した。夢を見ているときのつぶやきではなかった―しかしこの世のなかの言語でもない。わたしはなんとか理解しようとした。ちゃんとした意味の断片をつなぎあわせれば、彼女が何か言っていることは確かだと思った。わたしは彼女の顔を見て、待った。十分がたった。彼女は二つのはっきりした聞きとれる言葉をしゃべった。よく聞くが、同時にわかりにくく、スペルの一部を発音しているのか、それともうっとりして発する音なのか、儀式的な意味を持つような言葉だった。

トヨタ・セリカ

それが自動車の名前だとわかるまで長い時間がたった。それを知ってわたしはもっと驚いた。その発音は美しく神秘的で、つかみどころのない不思議な美しさを発していた。それは空中にある古代の力の名前、小牌に描かれた楔形文字のようだった。わたしには何かが空を舞っているような感じがした。しかしそんなことがあるだろうか?ただの単純な商品の名前、普通の自動車だ。どうしてこのほとんど無意味な、子供が不安な眠りのなかでつぶやいた言葉が、ひとつの意味を、ひとつの存在を感じさせるのだろうか?彼女はただテレビで聞く言葉を繰り返しているだけなのに。トヨタ・カローラ、トヨタ・セリカ、トヨタ・クレスタ。超国家的で、コンピュータでつくられ、少なくともどの国でも発音可能である名前。すべての子供の脳内の騒音の部分、つきつめるには深すぎる半ば静止した領域。その源が何であろうと、その寝言は何ものにもましてすばらしい衝撃でわたしの胸を捉えた。

わたしはそれ故にわたしの子供たちを信頼する。

 

『ホワイト・ノイズ 二章 空媒毒物事故』

 

わたしはボランティアの犠牲者たちのところへ近づいた。二十人かそこらの人たちが、うつぶせになったり、仰向けになったり、路肩にだらりと倒れたり、ぼんやりとした顔つきで道路に坐ったりしていた。

わたしは自分の娘がそのなかにいるのを見て、ぎょっとした。道路のまんなかに仰向けになり、片手をだらりとさせ、頭をほかの方向へ傾けて横たわっていた。見るに耐えなかった。これは彼女が九歳の自分自身の姿をどんな風に考えているかということなのか―すでに犠牲者として、その技術を磨くことが?彼女は何と自然に見えることか、何と深く荒れ狂う災害の観念がしみこんでいることか。これが彼女が描く未来なのだろうか?

わたしは彼女のそばへ行き、そこへ坐りこんだ。

「ステッフィー?おまえか?」

彼女は目をあけた。

「犠牲者でなければここに来ちゃ駄目なのよ」と彼女は言った。

「お前が大丈夫なのか知りたかっただけだよ」

「パパがここにいるのを見られたら、わたし困ることになるわ」

「寒いのに。病気になってしまうじゃないか。バーバはおまえがここにいるのを知っているの?」

「学校で一時間前にサインしたの」

「少なくとも毛布くらい渡してくれるべきじゃないか」とわたしは言った。

彼女は目をつぶった。わたしはさらに彼女に話しかけてみたが、もう何も返事をしなかった。黙っているのはいらいらしたりわたしを拒絶しているのではなかった。ただ熱中しているのだ。彼女は以前から犠牲者になるために身を捧げるつもりでいた。

 

『ホワイト・ノイズ 三章 ダイラーの宇宙』