昼も夜もドストエフスキーを読んでる

僕らはイルガウスカスに魅了されていた。彼はトランス状態にあるように見えた。でもそれは、発言をしながらも上の空、あるいは教育に捧げられた年月というトンネルを疲れ切った声が響くだけ、という、よくあるやつではなかった。彼は神経系の問題を抱えている、と僕らの数人は考えていた。退屈しているのではなくて、ただ単にバラバラなのだ。ある種の洞察に見舞われるがままに、自由に、不規則にしゃべる。これこそ神経科学的な問題だろう。こうした状態はあまり広く理解されていないので名前も与えられていない、と僕らは考えていた。そして、名前がなければ―と僕らは論理学の命題めかして言った―治療法もない。

 

「こうした問いを発することは可能だろうか?」彼は言った。

僕らは問いを待った。そして、僕らが待っている問いとは、いま彼が発した問いのことだろうかと考えた。言い換えればこうなる。いま彼が問うている問いを彼が問うことは可能だろうか?これはひっかけでも、ゲームでも、論理パズルでもなかった。イルガウスカスはそういうことはしなかった。僕らは坐ったまま待っていた。彼は部屋の反対側の壁を見つめていた。

 

彼は言った。「事実、イメージ、もの」

「もの」って何のことだろう?たぶん僕らが理解する日は来ないのだろう。僕らは受け身すぎるんだろうか、この男を受け入れすぎているんだろうか?単なる機能不全を見て、神がかりの知性だなんて呼んでいるだけなのだろうか?僕らは彼のことを好きになりたかったのではない。ただ彼を信じたかった。そして彼の飾り気のない方法論に深い信頼を寄せていた。もちろん彼には方法論などなかったけれども。ただイルガウスカスがいただけだ。彼は僕らの存在理由を揺るがし、僕らの思考や信条、僕らが正しいとか間違っているとか思っていることの真実性や虚偽性を揺るがした。これこそ偉大なる教師がやることじゃないか?禅の師匠やヒンドゥーの学者が。

 

「おっきな折り畳み式のメニューがあったから、それに隠れながら私、こっそり彼を見続けたの。ちゃんとした食事を食べてた。地球の真ん中から湧いてきたみたいな茶色のグレービーソースに浸かった何かを。それと、缶に差した先の曲がったストローからコーラを飲んでた」

「で、彼に話しかけたんだ」

「私は何か普通っぽいことを言って、それから二人でぽつぽつ話した。彼は向かい側の席に雑にコートを置いてて、私はサラダを食べてた。コートの上に本が一冊あったから、何を読んでるか訊いたの」

「彼に話しかけたんだ。原始的な恐怖と不安で君をうつむかせるあの男に」

「食堂で、彼はストローでコーラを飲んでた」彼女は言った。

「すごいね。それで何を読んでたの?」

「ドストエフスキーを読んでるって言ってた。正確にはこう言ったのよ。『昼も夜もドストエフスキーを読んでる』」

「すごいね」

「だから私、偶然ですねって言ったの。最近たくさん詩を読んでて、ちょうど二日前に読んだ詩にこんな一節がありましたって。『ドストエフスキーの深夜のように』」

「そしたらなんて言った?」

「なにも」

「ドストエフスキー、原語で読んでるのかな?」

「それは訊かなかった」

「そうなのかな。そんな気がするけど」

 

図書館で、僕は一度坐るたびに、ぎっしり詰まった小さな活字を百ページくらいむさぼり読んだ。建物を出るときには本をテーブルの上に置いたままにした。読むのを止めたページで開きっぱなしで。次の日に戻ると本はまだそこにあって、同じページで開いていた。

どうしてこんなことが不思議に思えるんだろう?どうして僕はときおりベッドに入って、眠りこむ少し前に、空っぽの部屋にまだある、僕が読むのを止めたところで開いたままの本のことを考えてるんだろう?

 

「もしふと浮かんだ、束の間の考えを分離させられたら」彼は言った。「起源も推し測りようのない考えを。そうしたら、我々は日常的に錯乱している、毎日発狂しているということが見えてくる」

毎日発狂しているという考えが僕らは気に入った。確かにそのとおりだ、という感じがした。「心の最も奥底には」彼は言った。「混沌と霧しか存在しない。生まれたままの自己を撃退するために、我々は論理を発明したんだ。我々は肯定し否定する。Mの次にはNがくる」

心の最も奥底、僕らは思った。いま本当にそう言っただろうか?

「重要な法則とはただ一つ、思考の法則だ」

両手の拳が握りしめられ、テーブルの上に置かれていた。指の関節が白くなっていた。

「それ以外は悪魔崇拝だよ」彼は言った。

 

『天使エスメラルダ 9つの物語 ドストエフスキーの深夜』