幻視者

あなた… 私は必ずまた正気を失います 恐ろしい時間を共には過ごせないし今度は回復しないでしょう 声が聞こえるようになり集中できません 最善の方法と思えることをします あなたは最高の幸せを下さった あなたは誰よりもすばらしい方でした 私はあなたの人生を台無しに 私がいなければあなたは仕事ができるでしょう 私は手紙もまともに書けない 私の人生のあらゆる幸せはすべてあなたのおかげ あなたは私に対し忍耐強く信じられないほど優しかった 私に残されたのはあなたの優しさの確信だけ あなたの人生を邪魔したくない 今までの私たちほど幸せな二人はいないでしょう ヴァージニア

 

ウルフさん 悪化はしていません 寝室で安静にするのが一番です また金曜に

 

レナード

ヴァージニア よく眠れた?

普通だわ

頭痛は?

ないわ 平気よ

医者も“順調”と

今朝届いたの?

若者の原稿なんだが4ページ目になる前で間違いが5か所も 朝食は取ったか?

ええ

ウソだ 医者が食事をしろと 果物とパンを用意させよう では昼食を一緒に 夫婦そろってちゃんと スープやプディングも 力づくでも

出だしを思いついたの

では書くといい あとで食事も必ず

 

ミセス・ダロウェイは言った 花は買ってくるわ 私が…

ミセス・ダロウェイは言った 花は私が買ってくるわ

サリー 花は私が買ってくるわ

なあに? 何の花? やだ 忘れてた

朝食を取らないとダメだぞ お兄ちゃんになるんだしな

お誕生日ね

ローラ

まあ ダン 自分で花を買ってくるなんて

リッチー 食べろ

私が買うべきなのに

眠ってた

だから?

もう少し寝かせておきたかったんだ

おはよう

休息が必要だ あと4か月だぞ

私は大丈夫よ 疲れてるだけだから

朝食を取らないとな

そうよ

いい天気だ 今日の予定は?

計画があるのよ

どんな?

先に言いたくないわ パーティですもの

じゃしつこく聞かないよ 遅刻だ 行くよ

気をつけて

君もな

お誕生日おめでとう 早く食べて ケーキを作るわ そうよ パパのお誕生日のお祝いに

僕もいい? 手伝わせて

ええ もちろんよ 一人じゃできないわ

 

来て下さらなくちゃダメ もちろんよ 授賞式にお見えの方は皆さんぜひ 60人くらいかしら どうかいらして せっかくの機会だし ディナーにご招待してお礼が言いたいの 来て下さるわね?

あきれた

うれしいわ

誰も来なかったら?

 

お花! なんて美しい朝なの!

クラリッサ 元気?

パーティするの リチャードがカラザーズ賞を受賞

まあ すごいわね でもそれ何?

詩人の業績に贈られる賞よ 権威あるの 詩人にとって最高の賞よ

すばらしいわ 何がいい? ユリは完ぺきよ

陰気すぎるわ アジサイを それから… バラをうんと沢山ね それにこれを頂いてくわ

リチャードの小説を読もうとしたの

ほんと? 読みやすい本じゃないわ 彼が10年かけて書いたのよ

読むのにも10年ね あなたでしょ?

あの小説の主人公

あらそんな ええ まあね ある意味で彼は作家だから実体験を基に書くの 彼と私は学生だった それは本当よ でも書き換えてる 悪い意味じゃない 彼の視点で再構成してるの

 

1人の女の全人生 ある1日の出来事 たった1日 その1日に彼女の全人生が

必要なのはまずショートニング

 

“ミセス・ダロウェイ” 君か

ええそうよ 私よ

どうぞ

リチャード すばらしい朝よ 光を入れましょう

まだ朝かい?

ええそうよ

僕は死んだのか? おはよう

“お客”は?

来た

今もいる?

もう消えた

どんな姿?

今日の“客”? 黒い炎のよう まばゆいと同時に暗い 電気クラゲ状のもいた 歌ってたよ たぶんギリシャ語で

授賞式は5時からよ 覚えてる? 授賞式の後うちでパーティ 朝食の配達は?

届いたよ

ちゃんと食べたの?

見ればわかるだろ? 朝食が置いてあるか?

いいえ

じゃ食べたんだろう

きっとそうね

どうでもいい

大事な問題よ 医者が言ってたでしょ 薬飲んでないの?

耐えられない 人前で立派に振舞うなど

パフォーマンスじゃないのよ

パフォーマンスで賞をもらった エイズになり頭もおかしくなったのに生きているから

違うわ

病気だから受賞したんだ 健康でもくれるか?

もちろんくれるわ

どこにある?

何が?

賞だよ 見たいんだ

まだもらってないわ 今夜よ

確かか? 授賞式の記憶があるぞ 時間の感覚を失った

リチャード パーティよ たかがパーティ あなたを尊敬し称賛する人だけが集まるの

小さなパーティか 選ばれた人だけ

友人たち

友人いない 皆僕に愛想を尽かした “おお ミセス・ダロウェイ 静寂を覆い隠すためいつもパーティを開く”

リチャード あなたは何もしなくていいの 姿を現してソファに座ってて 私がついてるわ みんなあなたの作品が永久に残ることを喜んでる

僕の作品は永久に残るのか? 行かれない

なぜそんなことを…

ムリだ 僕は書こうとした 何もかも書きたかった ある一瞬に起きるすべてを 君が腕に抱えた花の様子 このタオルのにおい 織られた糸の感触 二人の気持ち 君と僕の感情 遠い昔の僕たちのこと この世界のすべて 絡み合った記憶 今も絡み合ったまま でも書けなかった 何ひとつ 始まりに比べ終わりは虚しすぎる くだらないプライドのせいだ それに愚かさ 僕たちは何もかも欲しがる そうだろ?

確かにそうね

海岸で君は僕にキスした 覚えてるかい? もう遥か昔…

もちろん

あの時何を望んでた? もっとそばへ

近くにいるわ

もっと近くに 手を取って 怒るかい?

パーティに来なかったら?

僕が死んだら

死ぬ?

パーティは誰のため?

どういう意味? 何が言いたいの?

意味はないよ ただ…

僕は君を満足させるため生きている

そうね でもみんなそうだわ お互いのために生きているのよ

医者が言ってたでしょ? ずっと生きられるわ この状態で何年も

たまらないよ

許さない 死ぬ話はイヤよ

決めるのは君なのか 何年になる? 何年ここに通ってる? 君自身の人生は? サリーは? 僕が死んだら考えないとならない 現実を見ろ

リチャード 気分がよければパーティに来てくれると嬉しいわ カニ料理を作るつもりなのよ 興味はないでしょうけど

あるとも カニは大好物だ クラリッサ

なあに? 3時半に来るわ 着替えを手伝いに

すばらしい

3時半よ

すばらしい…

 

完ぺきな天使よ からかわれないようになさいね ヴァージニア

レナードが“非文化的だ”と 予定より1時間半も早く来るのは

まあひどい!

野蛮人

だってランチが早く済んでしまったのよ

ジンジャーを買いにネリーをロンドンへ

ヴァージニア あなたまだ召使が怖いの? いらっしゃい

姉さん元気?

異常よ ロンドンはバカげてる

どうバカげてるの?

忙しくて

多忙はバカげてる?

あなたをパーティに招かなかったわ

どうして?

街には出ないでしょ?

誘われないからよ

街に出るのは医者に禁じられてるはずよ

医者が何よ

従わないの?

堅苦しくて偽善的な連中だわ

どうなの? 気分はいいの? 静寂の中で落ちついた?

精神を病んでいても誘ってほしいの

ネッサ!

ここよ 何を持ってるの? 何なの?

小鳥だよ

ほんと? どこで見つけたの?

木から落ちたんだ

まあ何てかわいそうに

助けられるかも

助ける? でもね クエンティン 何物にも“死ぬ時”があるわ

草でお墓を作ろう

ジュリアン

草の上で死なせてやろうよ

ネッサ お墓を作ろう ネッサ 来てってば!

わかったわ 待って アンジェリカ 叔母さんといて 待って頂だい!

その娘にバラを

女の子なの?

メスの方が大きいのよ 色も地味なの

死ぬとどうなるの?

どうなる? 来た所に戻るのよ

あたし覚えてない

私もよ

すごく小さい

そうね 死ぬとそうなるのよ 小さく見える

でも平和そう

 

“どうでもいいことではないか” 彼女は自問した いつか自分が跡形もなく消え失せたとしてもすべては今まで通り続いていく 腹が立つだろうか 死は完全な終わりと信じるほうが慰めになるのではないか 死ぬことは可能だ 死ぬことは可能だ

何を考えてたの?

主人公を死なせたかったの でも気が変わったわ 代わりに他の人を死なせるの

 

一体何事? リチャード!

なぜ早く来た

何してるの? 何のマネ?

いいことを思いついた 光を入れる 太陽の光を!

急に何なの?

すばらしい思いつきさ 強い薬を2種類のんだ 最高の気分だよ 近づくな! もっと光が欲しいと感じたんだ どうだ? 窓の前を片付けた

わかったわ お願いがあるの こっちに来て

パーティには行けない

いいわ 授賞式も取りやめ イヤなことはしなくていい

でも時間はやってくる パーティの後の時間 そのまた後の時間

でも楽しいことも沢山あるでしょ

そうでもない 君は優しいからそう言うけど現実は違う

またいるの?

誰が?

“声”よ

“声”はいつもいるよ

今も聞こえてるのね?

いや違う ミセス・ダロウェイ 君だよ 君のため死なずにいた でももう行かせてくれ

リチャード…

来るな 話をしてくれ

どんな?

君の1日について

朝起きて… そして出かけたわ 花を買いにね 「ダロウェイ夫人」の本みたいに 美しい朝…

そうか?

すばらしかったわ とてもさわやかで

さわやかな朝か あの日の海岸のように?

そうよ

同じかい?

ええ

あの朝あの古い家から君は外へ出た 君は18歳 そして僕は19歳だった 僕は19歳 あんな美しい姿を見たことがなかった 朝早くガラスのドアから出てきた眠たげな君の姿 不思議だよ 誰の人生にもある普通の朝 パーティには行かれない

パーティなど… どうでもいいの

僕に優しくしてくれたね 愛してる 僕たちほど幸せな二人はいない

 

なぜ死ぬ必要が

つまり?

君の本で誰か死ぬんだろ? なぜだね 愚かな質問か?

いいえ

愚かしいかと

ちっとも

それで?

命の価値を際立たせるため誰かが死ぬ 対比させるの

死ぬのは誰だ? 教えてくれ

詩人が死ぬの “幻視者”

 

『めぐりあう時間たち』