学問も記憶もない

名前は何と付ける?

人形(パプーシャ)

それは良い名前じゃない

パプーシャがいい

ウルマを呼んで枷を外してもらおう

羽根のように軽く大地を歩けるように 軽やかに大地を踏めるよう この子が羽根のように軽々と大地を歩けるよう

良くない事が待ち受けてる

それで?

悪い名だと言ったろ この子は歩けないだろうよ 恥さらしな人間になるかもしれない

 

よく探しな この中に何かあるよ ガラクタだ

これは? 何かあるよ

何だろう? 字が読めるんだろ 何て書いてある?

“イェジ”

他には?

“文芸協会” 身分証よ

警察だね すぐにイヌだとわかったよ

他には無い?

どっちみち私たちを売る気だ 正体は分かってる 子供と馬に魔法をかけて全部盗み取るんだ

あのよそ者(ガジョ)は悪党ね

やめなよ ガジョが気づく 戻しな

字が読めるからって何さ 偉そうに

 

あの男を追い返して

ここに置いておく 俺はディオニズィ・ヴァイス 森の主だ

空に光る雌鶏とヒナの星座 また1つ消えた 戦争が始まる前と同じ 悪い事が起きそう 追い返して 凶兆よ

 

捨てな そんな物ガジョの呪文だよ

呪文って?

悪魔の力さ 捨てな 奴らは呪文を唱えてお前を豚や犬に変えてしまうんだよ 地に生えるものと神が造ったものは取っていい わき水を飲むのは水を盗むことかい? 違うだろ 鶏も同じことだ

悪魔は目が見えない

悪魔には何だって見えるさ

 

1個いくら?

2グロシュ

これヘンだよ

どういう意味だね?

ほら見て

卵の中に悪魔がいる? お前で3人目だ 悪魔祓い料をせしめる気だろ 卵のカネを払いな 汚いジプシーが

何か盗むつもり?

買わないなら行って アメ3個で1グロシュ

字を教えて

ジプシーがそんなことを?

読み書きを覚えたい

何のために?

どうしても

勉強はお金がかかるのよ 払えるの?

て… ぶ… く…

読むのよ 頭で考えないで “てぶくろ” 手袋 今度は文章全体を呼んで

“伯爵夫人” “伯爵夫人は手袋を落とした” 伯爵夫人って?

手袋をした異教徒の貴婦人

異教徒って?

あなたのことよ

あたし? あたしは伯爵夫人?

 

待て どこに行く どこに行くんだ 来い それは何だ

ユダヤ女に魔法をかけられた

仲間を売る気か!

やめて 殴らないで その子を離して

貴婦人になるつもりか ほら立て

悪気はないんだから

ガジョにジプシーの悪口を教えるのか? 来い そんな落書きは焼き捨ててやる

 

さあ 賭けろ どうした 腰抜け

昨日大負けしたガジョだぜ

奴らを叩き出せ 悪臭がする 薄汚いブタども 失せやがれ 覚えてやがれ この借りは返すからな

あたしのせいだ…

 

緑の草は風にそよぎ樫の若木は老木にお辞儀する 木の葉はささやく 放浪の人が逝ったとカラスが悼んで鳴く 黒い大地は悲しみに震え大いなる森は静かに歌う 死よ 幼子に近寄るな 黒い瞳を閉じる時に

もう1回

誰の詩?

詩じゃない 母さんが作った

木の葉や鳥という言葉は真実を伝えているの? 神様がそう思わせるのね

パプーシャ 君は詩人だ

詩人って?

歌を作る人

歌を作るのは人魚よ

 

“世界は私の表象である”

ショーペンハウアー ドイツの哲学者 “賢人”だよ

世界は現実? それとも私達の頭の中にあるの?

もし世界が現実でなければそれらは何でも…

“人は”

人は何でもできるはずだ 望むことのすべてを

世界が現実でなければ苦しみもないと?

そうだ

死も?

そうなる

私はそう思わない 私の瞳は黒 あんたは緑 色が違っても世界を見てる 世界があるから でも生きる世界はまったく別 あんた達は強く私達は弱い 学問も記憶もないから その方がいい ジプシーに記憶があれば辛くて死んでしまう

 

詩の稿料だよ 詩の代金だ

詩はひとりでに生まれて消える 詩人と呼ばないで 死にたくなる

ジプシーについての僕の本が出版される

どんな話?

起源はどこか インドだ ナチからどう逃れたか

ほかには?

バカがジプシーを怖がる

僕を? オレを? あたしを?

皆のことを

その本は私の心を傷つけない?

どうしてそう思う?

私たちの秘密を暴かない?

ジプシーには記憶がないと言ったのは君だ 僕の本は君たちの記憶なんだよ

そうね いつか大学でジプシーの秘密を教えるのかも 私のお守りは幸運を呼んだ? 身につけてる?

娘が生まれた

早く言えばいいのに 父親になったのね

結婚したんだ

じゃ幸運を呼んだね

 

現れたか お前たちはいったい何をしでかした ポーランド中がジプシーの話をしてる お前らのあのガジョがジプシーの本まで出しおって

お前のお喋りのおかげで俺たちは破滅だ!

やめて!

 

連絡をくれれば会いに行ったのに どうした 何があったんだ? タジャンは元気?

燃やして

燃やすって何を燃やせと言うんだ? 何を燃やすんだ?

ジプシーの本

僕の本を? それは出来ない パプーシャ 見ろ これを これはほんの一部だ 半分にもならない 1週間後には本屋に並ぶ

燃やして

これを燃やすのか? 5千冊の本を 5千冊を燃やすのか 僕にこれを燃やせだと? 悪いがこれは僕の作品だ 何年もかかった 訂正の必要があればいくらだって応じる 何てことだ

 

パプーシャ 開けろ ドアを開けろ 何をしてる 頭がイカれたか!

来ないで 呪いだ! 報いを受けた 悪魔に取りつかれた!

 

女は仲間の秘密を暴いた これは俺たちの言葉とポーランド語で書かれてる 警察に秘密がバレる おしまいだ

俺たちを売ったんだ

ジプシーの言葉を売り渡した

皆どう思う? 女は俺たちに恥をかかせた 長老に顔向けできない

もう仲間ではない ジプシーの名誉を傷つけ裏切ったんだ 許すわけにはいかない

静かに 静かに 女が間違っていないと思う者の意見を聞こう もう一度言う 女を責める必要はないと思う者は発言を

ジプシーの兄弟たちよ

兄弟と呼ぶな! お前の女が仲間を売った もう兄弟じゃない

秘密は守り続けねばならない それが掟だ だがガジョと話したのはあいつだけか? 話してない者がいるのか? お前たちも話しただろ どうだ レツァ?

あの女の舌を切り落としてやりな ガジョの何もかも売ったんだ 裏切り者!

ガジョを引き入れたのは俺だ テントも食料も与えた 俺を追放しろ 責めは俺が負う 女房はもう罰せられた 神が正気を奪った

待てよ 女はお咎めなしで元どおり一緒に暮らすのか? 長老 何とかしてくれ それは無いだろ これじゃ掟はどうなる?

よく聞け わしを差し置いて喋るな 事を決めるのはわしだ まず女をここに連れてきて皆の前に立たせる

申し訳ない 俺は本当のことが知りたい

女に語らせろ 分かったな

 

俺は墓石は要らん 重くて鬱陶しい 花を植えろ 俺に会いに来なくても花に水をやりに来る

読み書きさえ覚えなけりゃ幸せだった

詩は医者に禁じられた 帰れ 近づくな お前は疫病神だ

 

奥さん占いはいかが?

お嬢さんはどう?

近づくんじゃないよ 恥を知らないのかい 失せな 縄張りを荒らすんじゃない!

一日中どこに行ってた どこに行ってた

起きないで 興奮すると毒よ すぐにイモを揚げるから

また稼ぎは無しか もうずっとイモだけ

時代が悪いの 誰も皆苦労してる

花なんぞ食えん 奴らバカにしおって 花が何の役に立つ 大臣の賞状でお前の頭に開いた穴をふさぐか 隙間風をふさぐか ケツを拭くか 表彰されちまって… お前は占いもできない 盗みもできない 何でクソッたれな詩など書いた なぜあの男に送った? お前がバカをしなければ真っ当に暮らせた 今じゃ誰も訪ねて来ない ジプシーは俺たちを最低の畜生扱いする

 

パプーシャ

誰だい ご近所さんかい? ワルシャワに?

世話をしてもらえる 自分の部屋も持てる

無理ね ワルシャワには誰も知った人がいない

何度も手紙を送った まだ詩は生まれてる?

詩を書いたことはない ただの一度も

 

『パプーシャの黒い瞳』