お互い遠ざかるばかり

逢瀬の一瞬また一瞬を祭りのごとく祝った 世界は二人のもの 君は鳥の羽より軽やかに大胆に階段を駆け下り僕を誘い入れた ぬれそぼるライラックの中を抜け鏡の向こう 君の世界へと 夜のとばりが下り慈愛が僕を満たした 祭壇の扉が開かれ裸体は闇に輝き静かにその身を傾ける 僕はつぶやく“君に幸あれ”と だが分かっていた その祈りの不遜さを 眠る君のまぶたを宇宙の色で染めるライラック 青く染まったまぶたは安らぎに満ち手は温かだった 水晶の中で川は脈打ち山々はかすみ海はきらめく 君はその水晶の天球を手に王座に眠る ああ君は僕のものだった 人の語る日常の言葉を君は別のものにした 言葉は力に満ち響き渡った “君”という言葉が新たな意味を明かす “君”すなわち“王”なのだ この世は一変した たらいまで違って見える 二人の前には厚い水の層 いずこへか運ばれる 僕らの前に蜃気楼のごとく都が広がる 草は足元にひれ伏し鳥は共に旅をし魚は川をさかのぼり空は目の前に開けた その時運命が僕らのすぐ後に かみそりを手に狂人のように


言っただろう 君は母に似てる

だから別れたのね 息子はあなた似 怖いわ

そうか だがなぜ怖いんだ

私たち血の通った会話がなかった

どういうわけか子供時代を思い出すと母の顔がいつも君なんだ 理由は分かってる 二人とも哀れだからだ 君も母も

哀れって? あなたは孤高の人

そうかも

怒らないで どういうわけか自分がいるだけで周りを幸せにできると信じ求めるばかり

多分女手で育てられたからだ 息子は僕の二の舞だぞ 再婚しろよ

誰と?

知るもんか それとも息子を私に渡すか

お母さんと和解なさい 折れて

僕の方から? どうして 母は僕を支配しようとした 幸せまで押しつけようと

幸せを?

とにかく母とのことは君よりよく分かってる

分かってるって?

お互い遠ざかるばかり どうしようもないんだよ


“疑いもなく教会の分裂は欧州からロシアを引き離した 欧州を揺るがした出来事に我々は関与していない しかしロシアにはロシアの使命があった その広大な大地は蒙古の侵入を飲み込んだ タタール人は西の国境を越えようとせずやがて退いた かくしてキリスト教文明は救われたのだ その使命のためロシアは特異な在り方を強いられ故に他のキリスト教国とは全く異なるキリスト教世界を形成した ロシアが歴史的に無価値であるという意見 それには断固異を唱える ロシアの状況をよく見れば後世の歴史家も目を見張るはず 私個人は皇帝の忠実な民である しかし現状に満足しているとは言い難い 文学者としていらだち人間として屈辱を覚える しかし誓って申し上げる 私は祖国の変革も他のいかなる歴史も望みはしない 神がロシアに授けた歴史以外…” チャダエフあて プーシキンの手紙 1836年10月19日付


お前どこに向けて撃った 見てたぞ 上に向けたろう 許せん

なぜです

危険だ

どうして

人がいたら…

どこに 木しかないのに

分かるものか 回れ右 “回れ右”だぞ

何をやってるんだ 銃はその場に

僕は回りました

隊列教練は受けたか どうなんだ

“回る”というのはロシア語で回ることで だから回りました 回るとは360度回転することです

何だと へ理屈をこねるな 回れ右 射撃位置に前進 親を呼ぶぞ いいのか

どこの親を

お前の親だよ

射撃位置につくとは?

マットに横になれ

彼の両親は封鎖で死んだ

射撃位置とはそこだ いいな マルコフ

はい

銃の基本部分を言え 小口径ライフルの

銃尾 銃口

銃口が部品か

じゃ何なんです

おい 手榴弾だ レモン型だぞ アサフィエフ よせ

逃げろ 伏せろ

教官 やられますよ

模擬弾ですよ

レニングラードで戦い生き抜いた俺が…


予感は信じない 前兆を恐れない 中傷も悪意も避けはしない この世に死はなし すべて不死不滅なのだから 17歳も70歳も死を恐れる必要はない 現実と光あるのみ 闇も死もないこの世で人々は海辺にたたずみ不死の群れを待つ そして網を引くのだ 家にとどまれ 家は崩れない 私は好きな世紀を選びそこに生き家を築く あなた方の子や妻も私と共に食卓に 曾祖父と孫も招こう そこに未来が現れる 私が手を挙げれば光はあなた方のもとに 私は過ぎ去った日々をこの鎖骨で支えてきた ウラルを抜けるように時を通り抜けてきた 身の丈の世紀を選び我々は南へと草原に土煙をあげ草いきれの中キリギリスは戯れ予言する 僧侶のごとき死の脅し 私は運命を鞍に結び少年のように腰を浮かせ未来へと駆ける 幾世紀も我が血を流す 不死とはそのためか 常に暖かく確かな一隅 命に代えても守りたい 飛んでくる矢が糸となり光に導かぬのなら


『鏡』