とっても遠い所

まだ入っちゃダメよ

なぜ?

途中なの

母さんに殴られるよ

泥まみれだ

入らないで

母さんに言いつけてやる

覚えてなさい

そっちこそ

母さんに言う気?

信じっこないよ

いつだって悪いのはそっちなのに

もう構うな 体を洗いに行け


母さんよ 母さんが帰ってきた

どうしたの?

おみやげは?

そんなものないよ チェレ そこで何をしてんの 優雅に水浴びかい? お入り 感心だね 食器を洗ってくれたのは誰?

チェレ

お前たちかと… まったく怠け者ぞろいだね 服を 慌てないで

チェレには必要ないわ

うるさい お黙り!

床を塗ったから入らないで

何をしたの?

塗り替え

誰も塗り替えなんか頼んでないよ 余計なマネばかりして


食べたい? 食べる? お前の分よ

チェレ チェレ 頭にかぶってるの何?

帽子

貸して

壊されるからイヤ

試しにかぶるくらいいいじゃない 少しだけでいいから 私にもかぶらせて お願い ちょっとだけ ちょっとだけならいいでしょ? ねえ すぐに返すから

ならシャツと交換よ

ずっと?

そうよ

シャツも?

シャツも

はい

ボリシュが… ボリシュ まっすぐ歩きなさい ダメよ ボリシュ

チェレ 待ちなさい なんて子なの 人の服をとるなんて さっさと脱ぐんだよ 何をかぶってるの ちゃんと立って バカな子たち 今度私を怒らせたらお仕置きだからね お入り 困った子だよ ほら 早く


チェレ いい加減にしなさい さっさと食べるんだよ

いらない

もう一度言ってごらん それは何? このスイカは? 言わないとぶつよ

畑のを

勝手に食べたってのかい? 人様のものを勝手に これじゃドロボウじゃないか 聞いた? とうとう盗みを働いたよ

盗み? 盗みだと? 盗みを働くなんてなんてガキなんだ ドアを閉めろ こっちへ来い 教育し直してやる 手を出せ

何をする気?

押さえてろ 二度と盗みを働かんように性根をたたき直してやる

やりすぎだよ 可哀相に 盗みなんか働くから お前をしつけたくて父さんに話したの 私は甘いからね おいで ほら 早く 湿布を巻いてあげるから ごらん 母さんも手をヤケドしたわ 手を出してお前の指をかばったから指のヤケドはこの程度で済んだんだ 母さんのほうが重傷だよ まだ手のひらから煙が出てる ごらん よくお聞き 盗みは何にも増して重い罪なんだよ いいこと? この家にはお前の物なんてないの この家の中にある物はうちの子たちの物だ 私が産んだ子たちだからね お前とは違う この世にお前の物は何ひとつない よく覚えておきなさい 人の物を盗っちゃダメ お前の物なんてこの世にないんだ 分かったね? お前が持ってる物はひとつだけ その体だけなの

シャツもよ

何だって?

何がお前の物だって? 言ってごらん

シャツ…

なんて図々しい こんな恩知らず引き取るんじゃなかった まだ自分の物だと言い張るなんて この恥知らず! 厚かましい子だよ まだ言い張るかい?

あのシャツは私のよ スイカと交換したの


コップ出して

もう十分

飲んで あんたも コップは? いらないの? 可愛くない子だね いったい何が望みだっていうんだい 何を与えりゃいいのか見当もつかないよ さっさとお行き

私も行く

シャツが狙いでしょ 母さんに言ってやる また手のひらを焼かれちゃうわよ

母さんは私のこと愛してくれてるわ

バカ言わないで 母さんの子でもないくせに 孤児院に帰れ チェレは親なしっ子

早く行きなさい!

うちの引き取ったのはお金が支給されるから それだけよ

ボリシュ 学校に遅れるわ

2×5=10 2×6=12

みんな服を持ってる 私以外は どうして? もうイヤ お別れよ お前の面倒は母さんがみてくれるから 来ちゃダメ 二度と戻らないんだから 私は殴られない場所へ行く とっても遠い所よ あんたは家に帰りなさい まったく… 好きなようにすればいいわ ついて来るのも帰るのもお前の自由よ 水を飲みましょ ボリシュ 水よ 早くおいで くんであげるね 空っぽだった


名前は?

ボリシュ

あなたは?

チェレ

本当の名前は?

とりあえず入りなさい

食べて お母さんの名は?

“母さん”

母さんにも名前があるだろ?

何て名前だ?

髪の色は? 金髪とか黒髪とか見た目の特徴は? 家はどこ?

遠く

どうやってここまで来たんだ?

迷ったの

どこで?

母さんを捜してるうちに

母さんはどこへ?

森へ おうちを建てに行くって 出ていったの 家ができるまでは留守番してなさいって

よし 明日町に出て母さんを捜してもらおう 役所がある


あの子よ

本当に? 確かか?

確かよ

この手は?

触らないで

早い者勝ちでしょ

病気なのよ

だったら何なの

名前は?

チェレ

チェレ? ほら 鼻をかみなさい そうよ お利口だわ 年はいくつ?

預けたのは?

産後すぐ 今6歳だ

この子の年は? どんな経緯でホームに?

捨て子で本名は分かりません 母親の身元も不明ですが年は7歳です

私がもらうのよ 母親が誰か知りたい? お聞き 誰でも母親になれるのさ 孤児を引き取れば金が出るしね


嫌がって私の手をかむもんだから縛ったのよ 荷物は靴一足だけ

働けるの?

ええ 農場育ちだとか

その手は?

さあ… ただのヤケドよ

いい子ね 私の赤ちゃんはなんて温かいの

引き取り先の農場を逃げ出したそうよ 服も与えてもらえずに

ちゃんと見せて 何を怖がってるの 名前は?

結局は捨て子よ 本人は違うと言い張ってるけど

前の家では何て呼ばれてたの? 返事は? だんまり? 手がかかる子ね ほら 座って 飲みなさい

いらない

ミルクは嫌い? 言っとくけど好き嫌いなんか言わせないよ 馬小屋に連れていって もったいない

おいで じいさん 孫娘を連れてきたよ ここで寝起きさせろって

母屋は十分に広いだろうに

火は隠して使わないとジャバマーリが飛んでくるよ イモをくすねたんだろ 何してんの 寝なさい

食べるか?

いらない

誰かいるのか?

何でもない ほえるな ブンダーシュ 静かにしろ 何してる

放して

どこへ行くんだ

母さんの所

おいで バカな子だ 死にたいのか? もう寝なさい 明日は早いんだからな これを掛けて 夜は冷えるぞ

おじいさんも寝る?

ああ だから早く寝なさい


私をどう思ってるのか言ってごらん 軽べつしてるの? 支給金めあての守銭奴だと? 言いなさい “私の行いが間違ってました 二度と粗相はしません”

二度と粗相はしません

手にキスを ほら 早くなさい 行って

教会へ通うわけだ


村に二階建ての大きな家を持ってた

青い花 白い花

一階が住居で二階は作業場だ 地域一帯の紡績糸がわしに届けられた 持ってきてくれ わしが生涯に作った服の布を合わせれば教会二つを余裕で覆い尽くすだろう ウソじゃない しかし手が震えてはもう針仕事はできない

星の露を運ぶ黒い凧 僕に恋する黒い瞳の少女 リピチョンベ ラパチョンバ 今日は荷車に乗っておいで リピチョンベ ラパチョンバ 今日は荷車に乗っておいで

上手だ 誰に教わった?

母さん いつも森から合図してくれるの いつでも声が聞こえる 今建ててる家が完成したら私を迎えに来てくれるのよ 私を殴った仕返しにジャバマーリを懲らしめてくれるって 大きなスリッパでね 母さんの特大スリッパで跡形も残らないくらい殴ってもらうの ここにも植える?

いや そこには植えない

なぜ?

空洞だから

空洞?

お墓だ

人がいるの?

いない

どうして?

さあな もう遅い じきに家畜が戻ってくる 干し草を運ばなきゃならん

手伝わせて

ああ


おじいさん おじいさん 待って きれい?

遅れるぞ 手が汚れてる

野生の花?

風に運ばれたんだ

何て花?

キンギョソウ

キリストは花が好き?

好きだとも 急がんと遅刻だ

あの人何を持ってるの?

声を落としてひざまずくんだ

おじいさん 大丈夫?

大丈夫だ 何でもない

ジャバマーリよ キリストはどこ? 見せてくれる約束よ

そうだな 見せよう ついておいで 我が罪を許したまえ 私が逝ってもこの子にご加護を アーメン

キリストなの?

そうだ

血が出てる

花を供えて

痛いのかな?

いや だが触れちゃいけないよ

死んでるから?

そう 皆のために死んだんだ 皆のために

ジャバマーリも?

そうだ

なぜ家にいないの 家畜を餓死させる気? この役立たずが!

なんて汚い言葉だ だが恐れるな 若さがあれば必ず生き抜いていける 何にでも耐えられる そしていいことも必ず起きる

神の祝福を

神の祝福を

順調ですか?

ああ ご家族は?

止めて!

何だ?

見てよ

憲兵だ ウソだろ

知らなかった

ではご機嫌よう

神の祝福を さあ 帰ろうか


憲兵といたわね 一体何を話してたの

私は話してない

答えて 私の悪口を言ってたんだろ 正直に言わないとこの手で殺すよ 仕事をおし! 何を聞いた? あの男の話は全部デタラメよ ハエがとまってる やる気はあるの? 全然まじめに世話をしてないじゃない お前なんか地獄に落ちればいい いやしい捨て子め 渡して 告げ口をしなくなる薬よ

ジャバマーリが告げ口をしなくなる薬だって

頭から血が

ジャバマーリにスリッパで殴られたの

来なさい 大丈夫 すぐ治る おいで 上がって 横になれ ラクになる さあ… 寝なさい ラクになる 寝なさい

来なさい 床を磨いて 馬小屋へ行ってコップを取ってきて

コップ?

ゆうべお前に預けたコップよ 早く!

おじいさん ジャバマーリが… おじいさん? ねえ… コップ取ってきた

何よ こんなガラクタ

死者に平穏なる休息を


待って お願い 待って! 私はここにいるって伝えて

誰に?

母さん 私を捜してるはずよ まだ迎えに来ないの ジャバマーリの農場で待ってるから早く来てと伝えて

分かった 伝えておく

そこにいたの チェレ お昼ご飯を持ってきたのよ さあ座りなさい 座って 私が怖い? スプーンよ 食べて どう? おいしい?

おいしい

ほら これも食べなさい ねえ 何の話をしてたのか教えてくれる? 教会の帰り道や森の近くでも憲兵と話をしてたでしょ? 私のこと? 私が彼の土地を奪ったと? ええ 奪ったわ でも面倒を見て汚れた服も洗濯してやったのに 彼は何て言ってた? 彼の屋敷に私が放火したと? そう密告したの? 何を話したの

何も

今までの仕返しのつもり?

放して

お前はこうやって恩人に報いるの? 数発殴られたから? だから? 腹いせのつもりかい?


ドアを開けて 誰か開けて

小屋に火が

なんてこった

誰か ドアを開けて

おい かんぬきは中だ 水を 何をしてた

あの男の服を シラミだらけだから燃やそうとしたら…

母さん 迎えに来て 一緒にいたいの 母さん 怖いよ 早く来て


こっちへおいで 星の露を運ぶ黒い凧 僕に恋する黒い瞳の少女 リピチョンベ ラパチョンバ 今日は荷車に乗っておいで 君の荷車には乗らない 黒い瞳の娘も欲しくない リピチョンベ ラパチョンバ 今日は荷車に乗っておいで

何を持ってるんだい? 見せて

こんなもの拾うんじゃないよ おいで

早く食べなさい

おなかすいた? これ食べる? 分けたげる

人殺し! 殺そうとしてたわ

何を?

毒を盛ったミルクを飲ませてこの子を殺す気だったのよ

乱暴はやめろ よさないか 外に出てろ

人殺し!

母さん! 母さん! 母さん!

運べ 帰りなさい 子供が見るものじゃない

死んでるの?

行くんだ さあ

死んでる?

そうだ

母さん…


父さん 私も…

誰が“父さん”だって?

黙れ お前の父親は名も無い兵士なんだ 大人の男を見かけたら全員にあいさつしろ

クリスマスを祝って乾杯を

盗んだわ 中に入れないで 閉め出して

母さん キリストに伝えて 私にも贈り物を届けてって 誰も私にプレゼントをくれないの 母さんが死んでから 父さん 神様 無名の兵士 どうかあなたの国に私を迎え入れて


『だれのものでもないチェレ』