訓練

見聞きしたことは全部ノートに書く 表現の良い悪いは関係ない 決まりは1つ “真実を書くこと”

ドイツ人将校が離れに泊まりにきた 収容所の司令官だ 週末はここに住むらしい おばあちゃん家の敷地には川がある 向こう側は森だ 川の向こう側はもう別の国 鉄条網に近づくと見張りに撃たれる
<2棟の者 前に出よ!> <点呼する 前へ!>
今は戦争中だ 人間が互いを殺し合う お母さんと別れて1週間 手紙はない

“体を鍛える最初の訓練” 毎朝おばあちゃんは雑巾でぼくらを叩き耳を引っ張る 郵便配達人も酒場の人も理由なく殴り 僕らを蹴りつける だから体を鍛えることにした 痛くても泣かずに我慢する
痛くない
泥棒め!
平気だよ
メス犬の子供!
クソガキめ! このカス! ゴミ!
手始めにお互いの顔を殴る
立てよ
最初は痛くて泣いてしまう
痛くない! 痛くないよ!
痛くない 平気だ 痛くない
痛くないよ
ゴミ! クソ! ブタ野郎! スープだ! 薪と水を取ってきな!
1ヵ月後 お母さんの手紙はまだ来ない

臭いよ
えり好みする気かい?
臭いよ
お黙り!
僕も殴ってよ
ほらよ
殴れ 聖書みたいに反対側のほほを出すよ
お前たち 何のつもりだい?
遊んでるんだ
クソガキ!
怒鳴らないで殴りなよ
お前たち 何のつもりだい?
ぶってよ
何なの?
殴れよ 平気だ ぶってくれ
いい加減にしな!

毎晩僕らは天井から観察する おばあちゃんはおじいちゃんの悪口を言ってる
薄汚いジジイめ くたばって当然だよ 罰が当たったのさ
おばあちゃんは箱に宝を隠してる
お前たち いい子だね 出ておいで メス犬の子供には渡さない あたしの宝物だ 隠しとかなきゃね 誰にもやるもんか 絶対にあげないよ 渡すもんか あたしがやったって証拠はないんだ 絶対に

隣の女の子は何でも盗んで行く 何度も追い払ってきた 盗みに来るたびに僕らは懲らしめる
抵抗するな 痛いだろ? どうだ!
怖くなんかないよ 私と一緒に“遊ぶ”?
遊ばないよ
私は遊ぶわ 盗みもする
泥棒はダメだ
お互い様よ
盗みは罪だ
本当に?
当たり前だ
お母さんが病気なの 食べさせなきゃ
お母さんが?
それで盗みを? やるよ
目と耳が不自由なの
この子の話によると戦争の混乱で手紙が届かないらしい 今じゃこの子も親友だ 盗みを教えてくれる この子は勇敢で爆弾さえも怖がらない 僕らも見習わないといけない “目と耳を使わない訓練”
僕は見えない
僕は聞こえない
音がする
僕には何も聞こえない
怖くないのか? 僕は怖い 不安だ 爆撃機の音が聞こえる 爆弾を積んで低空飛行してる
逃げろ

雪が降り屋根裏が押しつぶされた 鉄道の便は減る一方だ 駅へ行ってもお母さんは現れない もう来週から駅に行くのをやめよう 長くお母さんに会ってない
腹が減った 食べ物をくれ 腹が… 頼む
どうしたの?
4日間食べてない 戦争は真っ平だ 腹が減ってる 死にそうだ 誰かに見つかったら撃ち殺されちまう 4日間食ってないんだ
何か食べる?
何か頼む 誰にも言うなよ お母さんにもだ
言わないよ
兵隊さん! 兵隊さん! 持ってきたよ 毛布だ 食べ物もあるよ
行こう
僕らはベンチの下に武器を隠した 将校がいる離れの前だ あんな風に死にたくない あの兵隊より長く空腹に耐えてやる
本当に仕事は済んだ?
調べればいい
よし 夕食をやる スープだよ 何なの?
4日間絶食する
水だけだ
勝手におし でもいつもどおり働くんだよ いい香りだろ モモ肉はどうだい?
1つ発見した 休みなく働けば凍えない みんな飢えている 食料はイモしかない
何か用かい?
“かわいい子供たち もう長く会ってないわね 私の宝物さんたち あなたたちに会いたい 心から愛してるわ たった1つの喜びなの 絶対に迎えに行くわ 約束する 元気でいてね”
あんまりだよ 寒くて震えてるんだ 暖かい服を隠すなんてひどいよ お母さんの贈り物だ
こら ダメだ およし
死んじまえ!
メス犬め どうせあの子は戻らないよ 絶対にね
お母さんを忘れなきゃ 優しい言葉だった 思い出すと心が痛む 痛いのは嫌だ “精神を鍛える訓練”
かわいい子供たち あなたたちを愛してるわ 絶対に迎えに行くからね 2人に会いたいわ 強い子でいてね
“怖がらないで 強い子でいてね”
お勉強をやめたらダメよ 絶対にね あなたたちを愛してるわ たった1つの喜びなの あなたたちを愛してるわ たった1つの喜びなの 愛してるわ
“あなたたちを愛してる たった1つの喜び”
“宝物たち 愛してるわ ブタ野郎 バカ クソったれ”
“愛してるわ”
お前を愛してる たった1つの喜びなんだ 愛してるよ お前だけをね かわいい小さな子 絶対に手放さないよ ゴミ! クソったれ! ハナタレ! コソ泥! ゴミ! クソ! シラミ! 役立たず! カス! クズ! 人殺し! カス! 役立たず!
惨めな奴め カス ゲス野郎

おばあちゃん お願い! ドアを開けて
何事だい?
焼いて
勝手なことを 何様のつもり? 誰が許可した?
焼いて
とんでもないよ
いいよ 自分で焼く
焼けっこないよ 薄汚いメス犬の子供め とんだ災難だ 一番いい鶏なのに 殺すのが楽しいのか? 水をくんできな お前は薪だ メス犬の子供!
“残酷さになれる訓練” 殺しに慣れないといけない まず最初は虫を殺した それから魚だ 魚の尾びれをつかみ頭を石にたたきつけて殺す 次は別の生物だ 殺す必要がなくても殺す カエルはクギで板に打ち付け腹を裂く チョウは厚紙にピンで刺す じきに立派な標本になるよ

しもやけができた 手足は傷だらけだ おできもある 体中がかゆい シラミもいる 町の人は弱って簡単に死んでいく 僕らは鍛えたから強い すぐには死なない
姉さん 姉さん! 姉さん! 開けて 中に入れてくれ 姉さん しっかり こっちを見て お母さんはいる? まだ生きてる?
分からない
お金が要るんだ
司祭様にもらえば? アソコを見せたらくれたよ “誰にも言うなよ”って 教会は酒場の向かいよ 行ってきたら?
あの娘とは何もない そもそも何者だ? 頭の弱い娘の言葉など誰も信用せん デタラメだ
真実なんていいんです
自分たちのしてることがわかってるのか?
分かってます 強請りです
神の試練だな 土曜日に来なさい 脅迫に屈したんじゃないよ 隣人愛による施しだ
何が欲しい?
ゴム製のブーツを
内張りしたのは高いよ
金はあります
1足分だな サイズは同じだろ? 交代で履けよ
無理です
いつも一緒です
なら親に金をもらえ
親はいません 僕らは魔女の家に
気の毒だな 履いてごらん 金はいいよ 靴下でも買いな
感謝します

進め さっさと動け もっと速く! 進め ユダヤ野郎! 列を乱すな!
待って! ちょっと! 靴屋を忘れてる
クズのユダヤ野郎! ユダヤ人め! ユダヤ野郎! 並べ 急げ カギ鼻野郎! さっさと歩け グズグズするな さっさと歩け
食べなさい
靴屋さんは友達だった
繊細すぎるわ かかわっちゃダメ 奴らはケモノなの
お父さんが言った “悪いことをした人は罰を受ける 罰によって学ぶのだ” お母さんは言った “神はすべてお見通しで正しい者が分かる” 靴屋さんはハンマーで殴り殺された 正しい人なのに
ほら お金だ 字は読めるか?
もちろんです
ごらん イエス様や聖人の話が書いてある
知ってます 聖書があるから
じゃ 十戒も知ってるか? 守ってるかな?
いいえ
守る人はいません “汝殺すなかれ”って言うけれどみんな殺してる
魔女の孫だってな やっぱりそうなのか
魔女じゃないよ
お前は黙ってろ 引き離しとけ
座れ!
放してよ
森で兵士の死体を見ただろ?
知らない
ウソをつくな 兵士の死体から武器が消えてたんだ そいつは廊下に出せ
分かりました
耳をふさいでおけ 話を聞かせるな
野郎!
お願い 放して
前回薪を集めたのはいつだ?
一昨日の朝だよ
話を聞かせるな
放して もう帰りたい
帰さんぞ よく聞け 司祭館で働く娘がいるだろ
家に帰して
好きなのか?
好きだよ
どうなったと思う? 今朝ストーブに火をつけたら爆発した 顔がメチャクチャだ
助かったんだろ 大事故なのに!
ここにいろ 動くなよ 何て言った? 何だって? この野郎! お前たち司祭館に薪を配達してるよな? 森をウロついてて死体から略奪したんだ 何でもやりやがる 悪さばかり
平手打ちは大したことない 我慢できる 僕らは鍛えてるから強い 2人が引き離されるのが一番こたえる 死ぬほどつらい

“友達”の将校は去って行き僕らは3人になった ドイツ兵は収容所から出て行った 怖いのだろう ウワサでは戦争が終わったらしい おばあちゃんの提案だ 収容所を見に行こう 何か残ってるかも 収容所には何も残ってなかった 別の軍隊がやってきた 外国の言葉を話している おばあちゃんは言う 奴らは侵入者で何でも盗んでくと なのにみんなは彼らを“解放者”と呼ぶ
帰りなさい
おばさん話せるの?
もちろんよ 目も見えるわ この子死んじゃった
兵士のせい?
奴らを招き入れたの 大勢いたわ 幸せに死んでった 私が死ねばよかった
死にたいの?
お隣が燃えてるよ 母親も娘も焼け死んだ 暖房の上に何か置いたんだね
きっとそうだ
何か置いたのさ
秘密を教えるよ
なあに?
もっと近寄って じいさんが宝を埋めたんだ
知ってるよ
知ってるって?
おじいちゃんのお墓の中だ
そうだよ もう寝なさい
いらっしゃい 早く来て 何も持たないで早く乗りなさい 来るのよ
それ誰?
妹よ 時間がないわ
どこへ?
いいから来て
ここから離れない
離れないよ
何しに来た? その子誰だい?
もう行くぞ 早く連れてきてくれ
息子を連れてく お金は払う
金なんて要らないよ
何してる?
お願い 手を貸して
まったく! 来るんだ
やめて
誰? 放してってば 放して!
クソったれ
悪ガキどもめ 何なんだ!
一緒に行かないってさ
車に乗って
命令してもムダだ
私の息子たちを返して
別に引き留めてないよ 行きな
お願いよ
ここを離れない 行こう
待って 行かないで 待って! 待ってて
見ちゃダメだ 主よ 2人に永遠の安らぎを与えたまえ 永遠に… 安らかに

おばあちゃんが倒れた 仕事は全部僕らがやる
メス犬の子供 いいかい? よくお聞き 次に発作が起きたら… これを… 1杯の牛乳に入れてちょうだい いいかい? 分かったね? これができなきゃお前たちは恩知らずだ やれるだろ? やってくれるね? いいかい?
やるよ
それが望みなら やるよ
いい子だ それでいい ありがとう

おばあちゃんはまた脳卒中で倒れた 僕らは言われたとおり死ぬのを助けた 今おばあちゃんはお母さんの隣にいる とうとう2人きり だけど勉強は続ける やめないよ
見せて
何を?
手を
ツメがない
はがされたよ 国境を越えないと捕まってしまう
超えるのは無理だよ 地雷で死ぬ
ここにいるよりいい
なんで出てくの?
どうして?
今夜宝物を全部掘り出そう 戦争は終わった だけど僕らに平和は訪れない 一番大事な訓練がある
1か所あるけど越えるのは難しいよ
明日案内するね
おやすみなさい
明日の朝起こすよ
いい夢を
おやすみ
国境の鉄条網まで行くのは一苦労だ 見張りもいるし監視塔から見つかることもある 鉄条網の一帯はとても危険だ 地雷だらけでしかもジグザグに埋まってる 踏んだら命はない でも大またで歩けば国境の向こうまで行けるかもしれない “最後の訓練 別れ”
今だ 行って 見張りが戻るまで20分だ
うんと大またで歩いたら国境は越えられる ただし誰かを先に行かせる必要がある
元気でいろよ

『悪童日記』